兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

『漫画編集者』について

木村俊介『漫画編集者』 フィルムアート社 1,800円+税

についてのブログです。

 

伊集院光深夜の馬鹿力』2015年6月8日の放送より。東京03の舞台(その日はゲストで山崎弘也が出演)『FROLIC A HOLIC』を観に行った伊集院は、そのあまりのおもしろさに「それにひきかえ俺は……」みたいなとても複雑な気持ちになり(曰く「おもしろいってことがかなり拷問なんだよね」)、家に帰って「俺にできることはなんなんだ!?」ってなった末に、ゴミの分別をしたという。

「なんか、すげえなって思って。そりゃあね、ていねいにゴミの分別もするよ。犬の散歩も自ら行くね」だそうです。

この『漫画編集者』、私にとって、まさにそういう本でした。ただ、うちは私も同居人も捨てる段階でゴミの分別をするタチなのでこれ以上仕分けのしようがなく、しょうがないのでとりあえず布団からシーツをはがして洗濯機にかけたりしました。

 

インタビュアー木村俊介による、ヒット作を生んできた漫画編集者5人のインタビュー集。一問一答でなくひとり語り形式に編集してあって、その編集者の半生も含め、何を考えてどんなふうにしてこの仕事に就いたか、この仕事をしてきたか、そしてどのように作家と出会ってヒット作を生んできたかを徹底的に語っている。

「何かと何かのあいだに立ってものをつくる仕事に関わるすべての人へ。喜び、苦しみ、逡巡、充実感が鮮やかに息衝く、『私たちの時代』のインタビュー・ノンフィクション」

というコピーが帯にあるが、その立場でなくても読める。仕事というものとどう向き合い、どう生き、どう生活していくかについて、5人の大人に徹底的にしゃべってもらった本、として読むことができる。

僕は漫画編集者ではないし、漫画編集者を志したこともないし、漫画ユーザーとしても25歳くらいまではすごく読んでいたけどそれ以降そうでもなくなってしまったハンパな奴なのだが、編集者ではあった。

正直言って、向いていると思ったことも天職だと思ったこともないのだが、そのわりに長いことやってきた。やめた直後にそんなこと書いてるなんて、会社からしたら「こんな奴に長年給料を払ってきたのか」って話で本当に申し訳ないが、向いてはいないが好きではあった、あと編集と同時に「何か書いたり取材したりする」という仕事もあって、そっちは編集よりはまだ向いていると思ったので……というあたりで勘弁していただけないでしょうか。すみません。誰に謝っているのか。

 

で。この本を読んでいると、否が応でも考えなくてはならなくなる。この人たちほど「ヒット作を出すぞ!」「おもしろいものを作るぞ!」という意志なり熱意なり信念なりをもって、俺は雑誌とか単行本とか作ったことあったっけ。この人たちが漫画家を育てていくように、ライターとかカメラマンとかを育てたことあったっけ。ということを。

で。

 

ない。

 

という結論になってしまうのだ、どうしたって。いかに自分があっちへふわふわこっちへふわふわ、真心ブラザーズの“ふわふわ人”みたいにしか仕事をしてこなかったか、ということを、この人たちとの比較によって、リアルに思い知ってしまうのだ。

こんなことを考えて、こんなことを目指して、こんなふうに立ち上げるのか、漫画の連載って。うわあ……それにひきかえ、俺は……ゴミの分別しようかな。いや、こうして例に使うの、伊集院光に対しても失礼な気がしてきた。日本最高峰のすぐれた仕事をしている人なんだから、ラジオも本もDVDも。『深夜の馬鹿力』、週に3回も4回も聴き直しながら次週の放送を待ってるんだから、こっちは。

 

要は、漫画だろうが漫画じゃなかろうが、編集者だろうがほかの職種だろうが、腰掛けとか一時しのぎじゃない仕事をやっている、もしくはこれからやろうとしている人にとって、とてもとても刺さる本である、ということです。

それこそ、ここで取り上げられている漫画を1作たりとも知らない人が読んでも、おもしろいと思う。

 

それから、木村俊介というこのインタビュアー、以前から注目はしていたが、ほんとレベル高いことがこの本を読むとよくわかる。編集者としてはポンコツなものの(まだ言うか)、「人のしゃべり言葉を活字にする」ことについてはそれなりに経験を積んできたつもりだが、そういう目で見てもこの「しゃべり言葉を読ませる」筆力はちょっとすごい。そりゃあ仕事来るわ、と思います。

そういえば俺、フリーになってから2ヵ月、コラムとかレビューとかはちょこちょこ声かけてもらえてるけど、インタヴューの仕事はあんまり、というかほとんど……。

ああ。もっかい洗濯しようかな、何かを。

 

なお、私、この5人の中で、いやインタビュアーの木村俊介も含めて、面識があるのはIKKIの編集長だった江上英樹氏だけです。しかも江上氏が中川いさみ先生たちとやっていたバンド、ストラトダンサーズのインタビューをし、CDレヴューを書く、というよくわからない会い方でした。

ただ、この本を編集した豊田夢太郎(本名)は、お互い松尾スズキ担当だった縁で知り合って以来、けっこう古い付き合いになります。出会った頃の彼は『漫画サンデー』で松尾スズキ河井克夫の連載の担当をしていて、その後フリーの漫画編集者になり、最近までIKKI、今はヒバナの編集部にいます。

夢さんが漫画じゃない本を作るなんてめずらしい、じゃあ買おう、と軽い気持ちでレジに持っていったんだけど、読み始めたら止まらなくなって、そして読み終えた時にはなんだかとても打ちひしがれていた。

なので、感想をツイートしたりするのを躊躇していたんだけど(なんか悔しくて)、今日ちょっとツイートしたら、もっといろいろ書きたくなって、こうして書いてしまった。というわけでした。

ちなみに、とても売れているみたいだし、今日下北沢のヴィレッジヴァンガードに行ったら超ハデに店頭展開されていた。やはり、いろんな人に刺さっているようです。

 

『漫画編集者』、詳しくはこちら。bit.ly/1KgsACW