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兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

「下北沢にも楽器屋はあった」話と「秋山のネタ観て我が振り直せ」の話

 前回のこのブログで、下北沢、ライブハウスもスタジオもいっぱいあってバンドマン多いのに、なぜ楽器屋はないんだろう、ということを書きました。

これです。

shinjihyogo.hateblo.jp

そしたら、知人がふたり、回答してくださいました。

 

ひとりは河井克夫さん。twitterで、「昔ありましたよ。ディスクユニオンの裏のへんに」と教えてくれました。

そうなのか。知らなかったです。ありがとうございました。ってことは、つぶれたってことですよね。

 

もうひとりは、下北沢にある音楽関係の会社に長年勤めているKさん。こちらはメール。

「下北沢のMUSICAのビルの1Fに、イシバシ楽器か何かが15年くらい前までありましたが、つぶれました。たぶん、下北沢を拠点に活動してるバンドは金がないから、あまり楽器を買わないせいだと思います。

買うにしても、店を回って安い所で買うから高額商品は売れない。弦やピックが売れても、高騰した家賃を払えないから撤退したのだと思います」

 

読んで思い出した。ああっ、あった、あったわ楽器屋。今MUSICAやCAVE-BEが入っていて、昔スペースシャワーブランチやハイラインレコードやアーロンフィールド(MUSICAが入っているフロアにあった事務所兼インディーレーベル。Caravanの最初のリリースはここでした)が入っていた、あのビルに。

完全に忘れてました。でも言われて思い出しました。

あの店、確かにいつも閑散としていたような印象がある。なので、撤退したのもうなずける気がする。

バンドマンって貧乏でもギブソンとかフェンダーUSAとか持ってたりするので、高額商品も買うんじゃないかとなんとなく思ってたんだけど、そうか、あちこち回って探し回って買う、と考えると、確かに下北では買わない気がします。

 

というわけで納得。ありがとうございました。

 

 

で、ここから全然違う話です。

 

昨日入った居酒屋、隣のテーブルが、ロック寄りの音楽業界で働いている男女3名だった。

面識ない人たちだけど、「あ、あそこの会社の人か」ということが耳をそばだてていなくてもわかるくらい、大きな声だったのでした。

業界について、個別のバンドや事務所やレコード会社について、ロックフェスについて、などなど、それはもう熱く語っておられる。知っているバンドの名前や、僕の知り合いでもある業界人の名前などが、ばんばん出てくる。

で、「この語り、ロバート秋山にマネされそうだなあ」と思ってから、急にすごく恥ずかしくなった。

彼らを恥ずかしいと思ったのではなくて、「俺も飲み屋とかでしてるわ、こういう話」ということに気がついて。

いつもしているわけではない、と信じたいが、少なくとも「あいつと飲んだ時はだいたいこういう話だよなあ」みたいに、リアルに思い当たるフシがある。

 

honto+でやっている、そして今各方面から大絶賛を浴びている、あの「秋山竜次のクリエイターズ・ファイル」。

「いるいるこういう奴」とか「おもしろすぎる」とか「秋山ほんと天才」とかもちろん僕も思うし、笑うのを超えて「すげえなあ」と感嘆もするが、それ以上に、

「やべえこれ。俺も同じ箱に入ってるかも、秋山がネタにしている人たちと」

という恐怖を覚えるわけです、観るたびに。

そういえば大根仁監督も、「TVプロデューサー・唐沢佐吉×構成作家・成安タロウ」編を観て、「ほんとにこういう人いるし、下手すりゃ自分も危ういし。気をつけよ」とツイートしていた。

 

で、それ、業界人とかに限らないのではないかと思う。

ここで秋山が演じている「クリエイター」って、「トータル・ウェディング・プロデューサー」とか「湯どころ旅館『銀風の塔』グループCEOの女将」とかまで入っているし。

「自分の仕事について、自分について語りたい人」全員ではないかと。秋山の俎上にのっかるのは。

仕事って、ただやっていればいいことであって、「それについて語る」のは……まあ、ミュージシャンとか映画監督とか俳優とか小説家とか、つまり表現者だと、プロモーションのために「仕事について語る」ことが求められることがあるわけだけど(で、僕は、語ってもらってそれをテキストにすることが仕事なわけだけど)、確かにここ10年くらい、いやもっと前からか、「情熱大陸」とか「プロフェッショナル 仕事の流儀」みたいな形で、それ以外の人たちも、そのような形でスポットが当たることが増えている、という現状そのものなのか。秋山が「これ使える」と、ネタにしているのは。

 

まあ、どこまでが表現者でどこからか表現者じゃないのか、というと難しいが。

というか、たとえ表現者であっても、松尾スズキさんがよく言う「表現するのは恥ずかしいことだ」という意識がないと、秋山にネタにされるようなことになる、というか。

現に「俳優 桐乃 祐」編もあるし(ネーミングの時点でもう勝ってますよね、これ)。

 

などとグルグル考えてしまうのでした。秋山のこのシリーズの、「観る者が傍観者でいることを許さなさ」がすばらしすぎて。

とりあえず、飲み屋でもそれ以外の場でも、伊集院光のラジオがいかにおもしろいかとか、誰それのライブがすげえよかったとか、そういう話だけをするよう、自分を語らないよう、気をつけたいと思います。