兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

サウナと読書とマナー違反

 「雑誌・新聞のお持ち込みはご遠慮ください」

 

  という注意書きが貼ってある銭湯のサウナもあるが、OKなところもある。暗黙の了解的に「べつに咎めませんよ」というところもあるし、おおっぴらにそれを認めているところもある。

  僕がよく行く中の一軒などは、ロビーに「サウナ持ち込み用雑誌棚」が、設けられていたりする。コンビニで売っている過去のヒット作を再編集したコミック本──『ゴルゴ13』とか『美味しんぼ』とかのあの手のやつね──が8割くらい、マンガ雑誌が2割くらい。

  銭湯側が用意するというよりも、客が持ち込んで、読み終わるとそこに置いて行く、そしてヨレヨレになりすぎたら銭湯側が捨てる、というシステムになっているようだ。そのことに気がついてからは、自分も、時々持ち込んで、置いて帰るようにしました。

 

  で、そんなある日。その銭湯のサウナで、汗ダラダラかきながら『人間交差点』を読んでいたら、隣に座った男が、四六版の書籍を広げた。

  文庫を持ち込む人は見かけたことがあるけど、ハードカバーはめずらしいなあ、と思って、チラッと目をやって、愕然とした。

 

  図書館で借りた本だったのだ。

 

 「世田谷区立××図書館」というシールが、表4に貼られているのです。

  ちょっと前にベストセラーになって映画化もされた小説だから、予約を申し込んでから何ヵ月も経ってからやっと順番が回って来たんだろうな、俺は本はすぐ買っちゃう方だけど、そういうがまん強い人が一定数いるのは知っています、って、いやいやいや、ダメでしょ図書館の本を持ち込んじゃ! あなたの本じゃないんだから! ページに汗とか落ちるし!

  と、それはもう驚いたが、これ、注意すべきことかどうかというと、微妙だ。ということに、その次の瞬間に、気がついた。

  たとえば「サウナから上がって汗を流さずそのまま水風呂に入る」などの、銭湯におけるマナー違反なら注意するべきだし、されるべきだが、それとはちょっと違う。

  僕が図書館の人なら注意するのが当然だし、彼が冒したのが図書館の中におけるマナー違反なら、他の利用者が注意するのも正当な行為だが、そのどちらでもないよね、これ。

  俺、べつに被害者じゃないし、「この場の秩序を乱すな」と彼に言う権利を有しているわけでもない。彼が乱しているのは「図書館のマナー」であって、「銭湯のマナー」ではないんだから。

  じゃあ、えーと、そうね、俺は世田谷区に29年住んでいて税金を納め続けているんだから、その本を購入したカネは俺の税金から出ているとも言えるわけで……いや、無理がある、それは。ありすぎる。

 

  なんでしょう、「あきらかにマナー違反だと思うけど自分にはなんの実害もないし、そのルールを共有すべき場にいるわけでもないので、何も言えない」という、この感じ。

  他にもあるかしら、こういう例って。えーと、たとえば、

 

  旅館の名前が入ったカサを、出先に放置して帰っちゃう人を見た時

 

  どうだろう。近くないだろうか。いや、近いことは近いけど、でもちょっと違うか。旅館は民間の経営なので、その分、公営である図書館よりも、「大きなお世話」感が、強まる気がする。

  あ、じゃあこれはどうだ。

 

  若くて健康なのにシルバーシートに座っている奴を見た時

 

  どう? 電車だと、もっとパブリック感あるよね? で、これ、もしそいつをシルバーシートからどかせたところで自分が座れるわけじゃない、だから座っていようがいまいが己の損得は関係ない、ただ純粋に、この場の秩序を乱すマナー違反に対して義憤にかられている、という点で、近くない?

  うん、近い。さっきのよりは近いが、でも、これもやっぱりちょっと違うか。電車の中というのは、たとえ自分の利害が関係なくとも、そいつがシルバーシートに座っていることによって、迷惑をこうむる人が存在しうる場なわけですよね。お年寄りとか、妊婦とか。

  でも銭湯のサウナは、その本がヘニャヘニャになったことで迷惑をこうむる人=図書館のスタッフと利用者、その場にはいないよね。その時その銭湯に「あ、うちの図書館の本じゃないか!」って人とか、あるいは「あ! それ、俺が借りる本なのに! 半年待ってやっともうすぐ順番回ってくるのに!」なんて人は。いたらすごいけど、むしろ。

 

  などと考えている間に、その男は、本を閉じて出て行ったのだった。

 

  あ、あと、タブレットを持ち込んで読んでいる人がいて、ぶったまげたこともありました。

  iPadKindle。壊れないのかそれ。でも、これは完全に大きなお世話なので、心の中でスルーしました。