兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

『ドルフィン・ソングを救え!』を、ようやく読んだ

以下、樋口毅宏の『ドルフィン・ソングを救え!』を読んだ、ということを書くのですが、何が「ようやく」なのかというと、単に個人的な事情です。

 

今年の1月1日、幕張メッセ(COUNTDOWN JAPAN 14/15)で朝まで仕事した帰りになんとなく買ったBRUTUSに連載1回目が載っているのを見て「お! こんなところに樋口毅宏が!」と驚く。で、読んだらおもしろくてびっくりする。

その次の号のBRUTUSで2回目を読んで、これ絶対単行本買うから3回目以降は読まないようにしよう、ということを決意する。

秋口になり、ご本人のツイートなどで、単行本が出たことを知るが、ちょうどいろんなしめきりなどが重なりまくっている時期だった。買って読んだら何か書きたくなるに決まっているわけで、何か書いたら「人の書いたもん読んでるヒマがあったら今おまえが大急ぎで書かなきゃいけないもんを書けよ!」と思う人がきっといる。具体的にいる。あそことあそことあそこにいる。なので、あえて買うのを延期。

延期していたら、出版元のマガジンハウスの知人が、送ってくれてしまった。

「しまった」ってことはないが、「買おうと思ってたのに! ありがとうございます!」って話だが、相変わらずそういうような状況下なので、必死に読むのをがまんする。

書かなきゃいけないものをいくつか書き終えて、ちょっとだけ事態が改善。

がまんできず、読み始める。そのまま読み終わる。

 

読むのが遅くなったことに関してこんなに長々と言い訳を書く必要などない気もするが、とにかく、そういうわけでした。

で、読了した。

 

「これ俺でも書けたんじゃねえか?」

「こんなの絶対書けないわ俺」

「やられた!」

 

の3つが、樋口毅宏の小説には必ずある。

と思うのは僕だけかもしれないが、いつもそれ、ある気がする。

自分とほぼ同じ文化圏に住んでいる人が(つまり80~90年代サブカルクソ野郎な文化圏)、自分のよく知っている世界について、引用やオマージュやサンプリングを多用して書いている、という点が、「これ俺でも書けたんじゃねえか?」と思わせるところ。

物語が途中から(作品によっては最初から)とんでもない展開を見せ始める作品が多いところが、「こんなの絶対書けないわ俺」と思わせるところ。

で、その展開の末のオチや結末が、「やられた!」と唸らされるところ。

 

その3つとも過去最大レベルの作品だった。いや、デビュー作『さらば雑司が谷』の方が、初めて読んだ樋口作品だっただけに、冷静に見たら過去最大だったかもしれない。が、今回はなんせテーマも時代設定も、自分がよおく知っている世界だけに、よけい強くそう感じたのだろう。

主人公がタイムスリップした先、バブル期の東京だし。そこで彼女が足を運ぶことになる、1989年のロッキング・オン、僕が入社する2年前だし。僕の元の雇用主や上司たちの名前も、ビルの名前も実名だし。「いいバンドなんだけど売れないんです、どうしたらいいでしょう?」と主人公が相談を受けるそのバンド、「もう名前はっきり書きゃいいじゃん」っていうくらいエレファントカシマシだし。

 

そもそもタイムスリップものであるという時点で、「樋口毅宏にしか思いつかない」ことではない。誰もが一度は「あの頃に戻ってやり直せたらなあ」とか空想するもんだし。しかも「憧れのミュージシャンの死を止めに行く」という設定も、ロックファンなら誰でも思いつきそうだ。

ただ、そこから出発して、すさまじい情報量(引用とかサンプリングとか)をこめてこめてこめまくった文章によってストーリーが進むうちに、やがて思いもよらぬ方向に暴走していく──この暴走、最初から考えてあったプロットなのか、書いていくうちにそうなっちゃうのかわからないが、その暴走が帯びる尋常じゃない熱の高さが、この作家にしかないポイントなんだよなあ、と、読むたびに思う。

ただ、今回、文章への情報量のこめかたが、いつもよりキャッチーでわかりやすい気がする。これまでの彼の小説よりも飛躍的に売れているっぽいのは、そのへんも理由なのかもしれない。マガジンハウスが力を入れて宣伝している、というのもあるだろうけど。

 

余談。

僕は樋口毅宏と面識はあるが(彼が京都に引っ越すまでご近所さんだったりもした)、彼はもうすがすがしいほどに、僕の書くものを好きではない。彼の本の最後にいつも羅列されている、あの膨大な参考文献や元ネタのリスト、いつもロッキング・オン関係の書籍や雑誌や原稿タイトルなどがいっぱい入っているにもかかわらず、僕の関わったものは一切ない。きれいに外されているというか、避けているとしか思えないレベルで、そうだ。

ということに『さらば雑司が谷』の時点で気づいた。で、インタビューする機会があったので本人に確認したら、やはりそうだった。

そこまで嫌いか! とか思わないでもないが、それでも会えば普通に話すし、新しい本が出れば普通に読みたくなるのって、なんか、悪くない気がします。

 

『ドルフィン・ソングを救え!』、詳しくはこちら。http://magazineworld.jp/books/paper/2813/