走っている
去年の秋頃から、ジョギングというか、ランニングというか、とにかく、走ることを始めた。
ここ数年、ほんとに走ってる人多いなあ、と日々思えば思うほど、そこに混ざりたくないという気持ちが強くなる一方だったのだが、最近、知り合いのミュージシャンで、同年代や歳上はもちろん、歳下まで、走っている人があきらかに増えてきた。
みんな必ず「ライブをやるために体力が必要なので」と言う。歳上のミュージシャンの中には「走ると健康になる」のではなく「走らないと調子が悪くなる」と言う人までいる。
そうなのかあ、とか思っていたら、昨年4月に会社をやめてフリーのような無職のようなことになって以降、「ずっとPCに向かってると背中が痛くなる」とか「そもそも体力があきらかにない」とか「肩が痛い」とか「足がつりまくる」などの、身体的によろしくない症状が出始めたのと、無職なので時間の自由が効くようになったのもあり、試しに、ちょっと走り始めてみた。
そしたら意外と続いていて、週に3回から5回、1回につき6キロから7キロ、というペースを、現在まで保っている。最初はちょっと走ってはバテてしばらく歩き、また走っては歩き、のくり返しだったが、今は、ほぼ歩かずに走れるようになった。超遅いが。
そんなある日。走り終えて帰宅し、スマホを見ると、知人の某インディレーベル社長から、ショートメールが届いていた。
「さっき、王将の前を力いっぱい、ヨタヨタと走ってましたね」
うわ、見られた。その社長以外も知り合いの多い会社なので、その前を通るのは避けたのに。
と思いつつ、
「お目汚し、失礼しました。日課のジョギングをしておりました」
と、お返事したところ。
「え、遅刻であたふたしてるみたいにしか見えなかった」
という返信が。
違うわ! と思ってから、気がついた。
僕は、ジョギングをしている人らしい格好で走ってない。スポーツウェアすら着ていない。黒いウインドブレーカーと黒いスウェットで走っている。
走る人がしている格好、あのほら、なんていうんでしょう、上も下も黒いタイツみたいなぴったりしたやつの上からTシャツと半パンを着て、さらに上半身に丈の短いシャカシャカ上着みたいなのを足して、場合によってはサングラスまでかけたりするあれ。
あの格好をするのが恥ずかしい! あれ無理!というのが、まずあった。で、だからといってトレーニングウェアとかを買うのももったいない、別にレースに出るわけじゃないんだから、持ってる服で走ればいいじゃん、というのもあった。
しかし。そうか、そういう格好をしていない中年がヨタヨタ走っていると、遅刻しているか、逃げてるようにしか見えないのかもしれない。子供や若い子ならいいけど。
などと考えながら、次の日もウィンドブレーカーとスウェットで走っていたら、向かいから中年の男が走ってきた。僕と同じように、ウェアらしきものを着ておらず、部屋着みたいな格好だった。
確かに、遅刻しているか、逃げているようにしか、見えなかった。
そういえば、走っていて二度ほど、知人とすれ違ったことがある。ひとりはミュージシャン、ひとりは同業者。
ふたりとも「黒いタイツみたいなぴったりしたやつの上から──」の格好で、びっちり身を固めていた。
「うわあ、キメキメだなあ」とその時は思ったが、あれはあのふたりなりの、「遅刻じゃありません! 借金取りから逃げてもいません! ジョギング中なんです!」という、世間へのアピールなのかもしれない。
住宅街で女の人に道をきこうとしたら、すごい勢いで逃げられてびっくりしたが、その後、「住宅街にいるスーツを着てない中年」という時点で、限りなく不審者に近いと見なされても、しょうがないのだと悟った──と、以前、小田嶋隆さんが書いておられたのを、思い出しました。
キメキメは無理でも、上下のシャカシャカした生地のやつか何か、着て走ることにしようと思います。
買いに行かないと。