本人に言うなよ
知人の作家からきいた話。
「○○さんの本、大好きです。図書館に入るのを楽しみに待っています」
とか、
「○○さんの大ファンです。新しい本が出ましたね、今メルカリ待ちです」
というようなリプが、日常的に、ごく普通に、いろんな人から飛んでくるのだという。
イヤミとかで言っているのではない。というか、イヤミなのであればまだ理解できるが、じゃなくて、素直な好意の表明として、そう伝えてくるのだそうだ。
マジか。どうなってんだ、この世の中は。
と、頭を抱えたくなるが、こんなような「失礼」は決してめずらしくない、普段から平気で飛び交っている、それがSNSの世界である、というのは、まあ、事実だ。
と書いているこの文章にも、「何が失礼なんですか?」みたいな声が飛んできかねない、とすら思う。
あのね、「図書館に入るのを楽しみに待っています」というのは、「あなたの本にカネは払いません」と言っているのと同じなんです。現に、周囲には、「買いました」とか「予約しました」というリプが多数飛んでいるわけで、その中にあって「読みたいけど買いはしない」と本人にわざわざ伝えている自分は何? って思わない?
思わないんだろうな。思ってよ。で、わざわざ本人に言うなよ。と、つくづく思う。
基本的に本は買わない、読みたければ図書館で予約して、順番が回って来るまで半年くらい待つ、という人が、けっこうな数いることは知っている。メルカリ待ちの人がいる、ということも然りだ。
僕だって、書店で気になる本を手にとって、奥付を見て、「あ、これ、出てもう1年半経ってる、じゃあ、あと半年も待てば文庫になるから、待とう」みたいなことは、ごくあたりまえに、ある。
あるけど、それ、わざわざその作家本人に伝える? 伝えません。「文庫になるのを楽しみに待っています」イコール「文庫になるのを待ちきれなくて買っちゃうほど読みたいとは思っていません」ということなので。
でも言っちゃう。という人が、なんでこんなに多いのか。
ツイッター等の普及によって、何かを思ったらすぐ言う、ということが、肉体化している人が増えたからだと思う。
そもそもツイッターって、始まった頃は、朝起きて「眠い」とか、外に出て「今日は寒い」とか、昼になって「おなかすいた」とかいうような、「そんなこと人様に伝えてどうする」みたいなことでも言っていい、不特定多数に発信していい、というのが魅力で広まったところも、大きかったですよね。
で、普段からずっとそれをやっているうちに、何かを思ったらすぐツイートしなきゃ気がすまない、思っただけで黙っているのは気持ちが悪くて落ち着かない、そういう脳味噌になってしまう、という。
ひとりごととしてのツイートですらそうなんだから、相手がいたらなおさらそうなるのは、頷ける。この人がツイートしたこの件に対して、自分はこう思った、だから言う、それが本人に直接届く、というのも、SNSが画期的だったポイントなわけだし。
ただし、ひとりごとと違って、その声を受け取る特定の個人がいるんだから、発する前に「その人がどう感じるかを考えてから発する」というフィルターを通すべきなのに、通さない。誰に向けたわけでもないひとりごとと同じように、「思った→言う」と、直で進んでしまう。で、それが肉体化しすぎると、そのことの何がいけないのか、わからなくなってしまう。
あと、「好意なんだからいいじゃないか」という、ものすごくざっくりした、極めて大づかみな判断もあるんだろうな、とも思う。
これが「あなたの本、好きじゃないから買いません」というマイナスの感情だったとしたら、「本当に伝えるべきか、否か」という思考をはさむけど、「買わないけど(あるいは「定価では買わないけど」)好き」、というのは、「好き」なんだからプラスの感情でしょ、ベクトルとしては。
だったら伝えていいじゃん。なのに、なんでそこで「でも買わないってことじゃん」みたいな、ひねくれた受け取り方をするの? という。
昔すぎて誰だったか忘れてしまったが、音楽のストリーミング・サービスやダウンロード販売が今ほど普及していなくて、おカネのない中高生とかは、CDをCD-Rに焼いて聴いたり、違法サイトで探して聴いたりする子が多かった時代のこと。「できれば音楽は、CDを買って聴いてくれるのがうれしいです」とツイートしたミュージシャンに対して、「え、ファンからおカネ取るんですか?」とリプを飛ばしている子がいて、そのミュージシャン、絶句。という光景を見たことがある。
それも「好きなんだからいいじゃないか」という意味で、近い例ですよね。そうか、そんな昔から、世の中はもうそういう方向に向かっていたのか。うー。
ちなみに、その作家のところには、「図書館に入るのを楽しみに待っています」というのを超えて、「図書館にはいつ入りますか?」という問い合わせのリプが届くこともあるそうです。
ああ、もう、なんかねえ。