DJ松永の「ドラマの現場にセリフを覚えずに行った事件」は、なぜ起きたのか
人気コラムニスト/ラジオパーソナリティーのジェーン・スーが書いた、父親と自分にまつわる日々のあれこれ描いたベストセラー・エッセイを、「あるある」「わかるわかる」的に楽しく、でもちょっと深く、テレビドラマにしたもの。
そんなふうにとっつきやすく始まって、視聴者を引き込んでおいてから、「ちょっと深く」じゃなくて「とんでもなく深く」であることを、徐々にわからせていく作品。重たくてやりきれないテーマを、赤裸々に、リアルに描いていく、という原作の側面を、よりいっそうブーストさせたドラマ。
ということが、第10話(6月11日放送)あたりから、いよいよはっきりしてきた、ただでさえいいドラマが多いテレビ東京『ドラマ24』の中でも、屈指の傑作になりそうなのが、『生きるとか死ぬとか父親とか』である。
ただ、そのような意味でのすごさ、すばらしさに関しては、既にいろんなところで語られているので、僕などが今さら書かなくてもいい気がする。が、「みんなおもしろがっている」「でも掘り下げられてはいない」エピソードが、ひとつあることが、気にはなっていた。
DJ松永がセリフをひとことも覚えずに現場に来て大変だった件
である。
6月4日(金)放送の第9話で初登場した、トキコに「お母さんのことを書いてみては?」と提案する担当編集者=今西の役を演じた、これが初の演技仕事であるDJ松永。
役者は、その日撮るシーンのセリフは、前もって覚えてから行かなければならない。ということを知らなくて、覚えないまま現場に行ってしまい、それはもう大変だった。
という話を、彼は、2021年3月9日(火)の、『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0』で披露し、相方のR-指定(役者経験あり。2020年〜2021年でテレビドラマ3本に出ている)を絶句させた。
それに続いて、そのドラマのプロデューサーであるテレビ東京(あ、もう「元テレビ東京」か)の佐久間宣行が、自身の『オールナイトニッポン0』で何度もネタにしたり、レギュラーの佐久間と松永のほか、佐久間と共にプロデューサーを務めるテレビ東京の祖父江里奈もよく出演する、Paraviのトーク番組『考えすぎちゃん』でもその話になったりして、すっかり鉄板エピソードと化した。
だもんで、実際に放送された時は、「これがその回か!」「松永、祖父江プロデューサー曰く『子役の状態』で、マンツーマンでセリフを覚えてすぐこれを撮ってるのか!」ということに気持ちがひっぱられすぎて、ストーリーが頭に入ってきませんでした。
で。この件を知った時、同じように「役者がまったくセリフを覚えずに現場に来た」という話を、過去にも二度、きいたことがあるのを、思い出したのだった。
ひとつは、2015年に、映画『私たちのハァハァ』のプロモーションで、監督の松居大悟とプロデューサーの高根順次にインタビューした時。
主演の女子高生4人を演じた、井上苑子・大関れいか・真山朔・三浦透子のうち、三浦透子以外=これが初の演技仕事だった3人は、ひとこともセリフを覚えていないことが、撮影初日に発覚したという。
理由は、覚えて来なきゃいけないということを、知らなかったから。
もうひとつは、もっと確信犯なケース。何度もインタビューしているもんで、なんの時だったか忘れてしまったが、ピエール瀧である。
初の主演ドラマだった『おじいさん先生』の時に、初めてセリフを覚えて現場に行った。それまでは、覚えてから行ったこと、一度もなかった。と、本人からきいた。
初の俳優仕事は、1995年の『カケオチのススメ』(テレビ朝日)で、『おじいさん先生』は2007年(日本テレビ)だから、実に12年もの間「セリフを覚えて来ない俳優」であり続けた、ということだ。
そういえば俺、『カケオチのススメ』の時も、「初の役者仕事、どうっすか?」って、インタビューしたな。ロッキング・オン・ジャパンで。あの時からそうだったのか。それ以降の『木更津キャッツアイ』も、『私立探偵 濱マイク』も、『ALWAYS 三丁目の夕日』も、覚えずに行って、撮ったのか。
この場合、最初の一回以外は「知らなかった」わけがないから、「知ってるけど、それでも俺は覚えない。なぜなら、めんどくさいから」というスタンスを、12年もの間、貫き通した、ということになる。
なんちゅうハートの強さだ。さすが、「頼む方が悪い」というポリシーで、役者人生を歩んできた男だけのことはある。
さて。なぜそんなことが起きてしまうのか。
まず、さっきも書いたが、DJ松永と『私たちのハァハァ』の3人は、「覚えて来なきゃいけないことを知らなかった」からだ。
なぜ。そのことを、周囲が教えなかったから。じゃあ、どうして教えなかったのか。そんなの、教えるまでもなく、常識だと思っていたからである。
たとえば、Creepy Nutsのマネージャーは、先に役者仕事の話が来たR-指定には、そんなこと、教えなかった。で、R-指定、ちゃんとセリフを覚えて来た。でも松永は覚えて来ないかもしれない、って思う? 思わないよね、そりゃ。どうでしょう。責められないでしょう、マネージャーを。というですね。
じゃあ出る側は、なんで「覚えて行かなきゃ」と思わなかったのか。覚えて行かなくても、なんとかなりそうだからだ。
1カメでカット割らずに3分間回しっぱなし、みたいなシーンだったら、前もってちゃんと覚えておかないと無理だが、「スタート」と「カット」の間が20秒くらいまでだったら、撮る時にそのシーンの部分だけ台本を見て、セリフを覚えて、言えばよくない? それで形にはなるよね? ドラマや映画の撮影って「数分」は稀で、ほとんどが「20秒以内」だし。というですね。
現にその方法で、ピエール瀧は12年もの間、役者仕事をやってきたわけだし。でも、『おじいさん先生』は、主演で出番が多いから、さすがに観念して、覚えることにしたのかな。いや、だけど、そんなにセリフがいっぱいある役じゃなかったな。じゃあ周囲に言われたのかな、「今回はちゃんと覚えてくださいね、主役なんですから」とか。
あと、DJ松永の場合は、バラエティ番組方面ではテレビ慣れしていた、というのも、「セリフ覚えなきゃ」とならなかった理由なのではないか。と、書いて気づいたが、ピエール瀧も、最初はそうだったのかもしれない。
バラエティでは、一言一句セリフを覚えるとか、ないだろうし。流れだけ覚えときゃいい、的な。マストで言わなきゃいけないことは、カンペを出してくれるし。
そういえばDJ松永、ドラマの現場で、「あれ? 誰もカンペ出してくれないの?」って思った、とも言っていた。
出すわけないでしょ。登場人物の目線が泳いじゃって泳いじゃって観てらんないでしょ、そんなドラマ。と、こっちは思うが、バラエティだと「ああ、カンペ読んでるわ」って視聴者がわかっても、別にいいしなあ。いや、だから、ドラマとバラエティは違うんだってば、という話なんですが。
などと書いているうちに、僕のような、観ているだけの門外漢ではなくて、実際にその業界で仕事をしてきた「中の人」に、このテーマで書いたり語ったりしてほしいな、という気がしてきた。
「大竹しのぶは立ち稽古の時すぐ台本を手放す」とかいうような、セリフ覚えがすごい役者のエピソードはよくきくけど、逆はあんまりきかないので。今回のDJ松永みたいな機会でもない限り。
あの大物ベテラン俳優、実は一切セリフを覚えずに数十年やってきた、とか、そういうの、読みたい。もしくはききたい。大根仁監督とか、やってくれないかなあ。