兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

いいじゃねえか違ったって

  この間、こんなツイートをした。

 

  僕が好きな映画を友人がボロクソに言っているツイートが流れて来て、「俺はおもしろかったけど!」と彼に送ろうとした次の瞬間、そうやって「俺は違う」と伝えないと気がすまない時点で病んでいると気がついてやめた。いいじゃねえか違ったって。

 

  これ、1週間でリツイートが250を越え、いいねが1350を越えた。普段はリツイート1ケタがあたりまえなので、びっくりした。で、そういえば、1年くらい前にも、ちょっとびっくりした、というか興味を持った、これに近いことがあったのを思い出した。

  2017年の夏、SUUMOのサイトの作家やライターが自分のなじみの土地について書くコーナーの執筆依頼をいただき、地元広島について書いた。その中に、僕の周囲の東京に住んでいる広島出身の人はみんな地元が好きで、いつかは帰りたいって言うんだけど、みんな僕と近い業種で、それだと東京にいないと仕事ができないからなあーーというようなことを書いたところ。

 「自分は広島出身だけど広島にはあんまり帰りたくない、典型的な田舎で居心地はよくない」という感想が飛んで来た。なんで?と思った。広島が嫌いだということについてではなく、それを僕に知らせて来ることについて。

  いや、そりゃもちろん広島が嫌いな広島出身者だっているでしょ。だから俺も「僕の周囲は」というふうに限定して書いたわけであってですね。「広島出身者はみんな広島が好き」と書いているなら「俺は違う」と反論したくなるのもわかるけど。

 と、ここまで考えてから気がついた。たぶん、彼が僕のその文章を読んだ時点で、彼にとっては自分が「僕の周囲」ということになったのだ。逆に言うと、僕の目に入る形で彼が何か言える状態にある、という時点で、彼にとっては自分が「兵庫の周囲」である、ということなのだろう。

 でも、もしそうだったとしても、彼が間違っているとは言えない。SNSってそもそも、そんなふうに、自分の周囲と周囲以外の境界線が消える、もしくは限りなく曖昧になるということが画期的だったがゆえに、ここまで広がったのだ、というものでもあるので。

 

 というのを、自分の件に戻して考えてみる。僕の場合、その映画の感想が自分とは違っても、それが見ず知らずの他人だったら「ふーん」で終わりだっただろう。でも、自分と趣味が合うと思っている、長い付き合いの友人だったから「えっ?」と驚き、本人に「俺は違う」と伝えたくなったのだろう。

 はい、問題はここです。なんで伝えたいの? たとえば、そのツイートからするに、どうも友人が怪しげな宗教にはまっているらしい、心配だ、とか、自分からするとあきらかに「それはダメだろう!」という政治的信条を友人がツイートしているとか、そういうことなら「それは違う」と伝えたくなるのはわかる。

 あるいはこのたびの東京オリンピック、世間はすっかり「決まったんだからみんな応援すべし」って風潮だけど、俺は今でもやるべきではないと思ってるからな、同調圧力に屈しないからな!という気持ちだったら、というか実際そういう気持ちなんですが、とにかくそういうことであれば、そこで「俺は違う!」と声を挙げたくなるのも納得できる。

 でも、映画の感想だよ? 急いで本人に伝えるほどのことじゃないじゃん。次に会った時に言う、程度でいいじゃん。なのに「俺は違う」とすぐ伝えたくなる。自分と親しい人間が自分と意見が違うことが許せなくなる。同調圧力か嫌いって書いたばかりなのに、自分も人に対して同じような感情を持っている、とすら言えるかもしれない。

 という事実に、「ああ、病んでるなあ俺」と思ったのでした。世の中全体がそのような「人は自分とは違う、違っていてもいい」という多様性を認めない方向に進んでいる、という認識はあったが、まさに自分もそうなっていると実感した、ということです。

 

 あと「SNSだから」「ネットだから」というのもあるか。広島嫌いの彼も、インターネットのない時代で、僕が書いたその原稿が雑誌に載っていたのだとしたら、ハガキを買って来て、その表に編集部の住所、裏に「俺は違う」と書いてポストに投函する、なんてことはしないだろう。めんどくさいから。SNSでパッと送れるから書いたのだろう。逆に言うと、SNSでパッと送れるようになって以降、「自分の気持ちになんかひっかかったらそれをすぐ本人に言うべき」みたいな考え方がしみついた人が、(自分も含め)多くなっている、ということだとも言える。

 

 書いていてもうひとつ思い出した。2、3年前だったと思うが、僕が何か書いたことに対して(何を書いた時かは忘れてしまった)、同業者の知人に、ひとことで切って捨てるような批判のツイートをされた。たとえばブログとかで「それは違うと思う」と、ある程度の文字量でそう思った理由が書いてある、とかならわかるが、そうではない。ひとことでバサッ。先輩後輩で言うと、相手は後輩。

 批判されたのはいいとしても、こいつ次に俺に会った時どうするんだろう、と思っていたんだけど、どうもしなかった。普通に和やかに接して来て、その件については何にも触れない。

 つまり、そいつにとっては、SNS上で誰かを批判するという行為と、その人と実際に会ったり話したりするという行為が、完全に分断されているということだ。批判したこと自体、忘れているのかもしれない。

 うわ、これはこれで病んでるなあ、きっと俺だけじゃなくていろんな人に同じことをやってるんだろうな、だとしたらそれ、すっげえ日常生活に支障をきたすだろうなあ、と思いました。

 

 どう締めればいいんだかわからない文章になってしまった。

 とにかく、そのようなことに日々自覚的でいないと、そして常に自分を律して気をつけていないと、危険だなあ、と思うことが多いです、最近。という話でした。

ライブハウスが遠い

  なんの正当性も説得力もないことはわかっているし、共感と反感だと後者が圧倒的多数になるであろうことも予測している。が、がまんできないので書く。

 

  ライブハウスが遠い。

 

  Zepp TokyoZepp DiverCity、新木場スタジオコースト。気がついたらここ2~3ヵ月、この3つのライブハウスにばかり行っている気がする。遠いのだ、家から。めんどくさいのだ。渋谷なら、恵比寿なら、あるいは中野サンプラザくらいまででも、うちから自転車でピュッと行けるのに。

  いや、重々わかっている。たとえば南砂町や西葛西にお住まいのあなたからしたら「は? 私んちからは近くて便利なんですけど」という話でしかないことは。わかっているがしかし、1991年に東京に出て来てからこっち、渋谷から5駅以内に住み続けて来たのは、長年勤めた会社が渋谷だったというのがいちばんの理由だが、もっともライブが多い場所が渋谷、というのも歴然とあってですね。

 

  どうした渋谷。音楽の街じゃなかったのか。いや、渋谷、今もライブハウスだらけではあるが、つまり、そこそこキャパのあるハコがなくなってしまった、ということだ。渋谷公会堂SHIBUYA-AXも亡き今、よく行くのはクアトロ(800キャパ)とWWW(450キャパ)とWWW X(500キャパ)、あとSHIBUYA O-WEST(600キャパ)くらい。1300キャパのO-EASTもあるが、なぜか僕が観に行くバンドはあんまりやらない。恵比寿のリキッドルーム(900キャパ)もよく行くが、クアトロとそんなに変わらない規模だ。

  なお、今年9月にオープンした渋谷ストリームホールはまだ行ったことがないが、調べたら700キャパだそうなので、クアトロとリキッドの間くらいですかね。ちなみにマイナビBLITZ赤坂もよく行く。あそこは1,400強のキャパである。

 

  要は、現在、東京でのワンマンにおいて、2, 000~3,000キャパが望ましいバンドは、中野サンプラザZepp TokyoZepp DiverCity、新木場スタジオコースト豊洲PIT、東京ドームシティホール、以上の中からどこかを選ぶ、というような按配に、ここ数年でなったということだ。で、僕が観に行くようなバンドはそのあたりのキャパに集中しているらしい、特にここ2~3ヵ月はそうだったらしい、という話です。

 

  なんで渋谷とか新宿とかにそういうでかいハコ作らないかなあ。カネがかかりすぎるからです。なんでバンドはそういうハコばっか使うかなあ。都心の物件と比べるとキャパのわりにハコ代が安いからです。わかっているんです、そのあたりのことは。わかっているんですが。

  あと、「バンドめ、カネをケチりやがって!」 とも、一概には言えない。高いハコを押さえたことによって、その分チケット代を上げざるを得ない、そのシワ寄せが来るのはお客さん、ってなことだって、充分考えられるわけなので。

 

  そもそもおまえほぼ招待で行ってるくせにガタガタ言う資格ねえだろボケ、とののしられても何も言えないことを書いてしまった。

  でもまあ、そんなようなわけで、「2020年夏に羽田にZeppが誕生」というニュースが10月末に流れた時は、ショックのあまり、なんにもリアクションできなかったのでした。

 

  ああ。すべてのバンドの東京公演が、昭和女子大学人見記念講堂になればいいのに。

  近所なのです。かつて、ビョーク奥田民生藤巻亮太などを観たことがあります。

「60分まで無料の駐輪場」の話

  最初の60分とか90分とか120分までは無料、そこからは8時間ごとに100円、というような、料金システムの駐輪場。24時間営業のところや広いところではなく、たとえば「7時から24時まで」というふうに時間が区切られていて、50台以内くらいの小規模で、常駐の管理人もいない、たとえば渋谷マークシティの駐輪場のようなところ、とします。

  まず、オープンと同時に、そこに居座る。で、自転車が入って来る度に、その時刻と駐輪番号をメモし、60分経つ寸前に精算して自転車をいったん出し、またすぐ入れる。という行為を、その日入って来た全部の自転車に対して、クローズの時間までくり返し続けると、その日の駐輪場の売上、0円になる。

 

  ということを実行した場合、罪に問われるのだろうか? また、問われるとしたら、どういう罪状になるのだろうか?

 「駐輪代タダにする屋」として、駐めたみなさんから100円の半額の50円ずつもらうとかしたら罪になるのはわかるが、そういうことはしない、という設定です。

 「60分までタダ」というのは、駐輪場側が定めたルールなわけですよね。で、「60分経つ寸前に出してまたすぐ入れるのはダメ」というルールはないし、「自転車の持ち主が自分で出し入れしなきゃダメ」という縛りもないですよね。

  ということは、仮にこれをやられたとしても、罪に問いようがなくない?

  じゃあ、なんで誰もやらないのか。やる意味がないからですね。前述の「駐輪代タダにする屋」をやったとする。たとえば100人から100円の半額=50円ずつもらったとして5,000円、7時から24時まで働いてその値段、というのは、効率が悪すぎるし。

  つまり、ただおもしろがってそこまでやる奴が現れない限り、ない、ということか。『水曜日のダウンタウン』あたりで、やってくれないかなあ。やらないか。というか、やれないか。いろいろ問題ありすぎて。

 

  もともと、日々の通勤も含め、近場の移動は自転車でするタチだったが、3年半前に会社をやめてフリーのライターになって以降、それに拍車がかかった。

  たとえば、僕の家から恵比寿や目黒に行く場合、電車だと東急田園都市線とJR山手線を乗り継がねばならないが、自転車ならピューッとあっという間、というように、自転車移動の方が圧倒的に楽な場合が多いのが、主な理由。あと、「フリーは交通費が出ない」というのも大きい。

  ただ、今の東京は、そのへんの道端に気軽に自転車を駐めておくことができない街になっている。よって、渋谷はここ、新宿はここ、六本木ならここで青山一丁目はここ、ここはいつも満車、ここはこの時間なら空く、というふうに、仕事でよく行く街の駐輪場事情に詳しくなっていた、気がついたら。

  で、そうやって日々「駐めて払って出す」生活を続けていると、最初に書いたようなことを考えたりするようにもなるのだった。

 

  すみません、ただそれだけの話です。それに、もし仮にどこかで誰かがこれをやったら、あっという間に「禁止」「罰金」というルールが敷かれるだろうなあ、とも思います。

  あと、三軒茶屋や下北沢などの駅のそばにある、世田谷区営の駐輪場。1日何時間でも100円、自分で駐輪券を買って自転車に付けるシステムなのだが、シルバーセンターから派遣されて来ている(んだと思う)定年後の爺さんたち、どの人もやたらとちゃんと仕事していて、「そこまでしなくても」と思うほど丁寧かつ親切で、いつも恐縮します。

  しかし。下北沢の区営駐輪場、爺さんは19時になると帰るので、それ以降に行けば朝までタダで駐められる。でも僕が行くのはたいてい19時開演のライブか芝居目当てなので、19時10分前とか5分前とかに入らざるを得ないのです。

  ああ、下北沢のすべての興行が、19時半開演になればいいのに。そしたらタダですむのに。と、いつも思いながら、券売機に100円入れています。

  みみっちい。

「弾き語り」の問題

「弾き語り」って、なんとかならないだろうか。

 

  何が。「弾き語り」という言葉が、という話です。僕も頻繁に使うんだけど、よく使うがゆえに、「事実に則してないよなあ」「違和感あるよなあ」という思いが、拭えないのだった。

  基本、ひとりもしくはふたりくらいで、アコースティック・ギターを弾きながら歌うライブのことを指す言葉、という解釈を僕はしている。おそらく昔のフォークの人たちが、あんまり抑揚のないメロディで、語るように歌うことが多かったので(ボブ・ディランなどがわかりやすい例ですね)、そう呼ぶようになったのだと思う。が、それ、ヒップホップとかが出て来るよりはるか昔の時代の話であって……いや、ヒップホップも「語り」と呼ぶのは違うな。TOKYO No.1 SOUL SETBIKKEとか、THA BLUE HERBBOSS THE MCとか、MOROHAのアフロみたいなラップだったら「語り」と呼んでもセーフな気はするけど。

 

  広辞苑で引いてみた。

 

ひき-がたり【弾き語り】

①同一人物が浄瑠璃などを三味線を弾きながら語ること。

②ピアノ・ギターなどを弾きながら歌うこと。

 

  だそうです。ちょっと目からウロコでした。

  ①は、そうか、ロックとかフォークよりもはるか昔、浄瑠璃とかの時代から使われている言葉だったのね、という意味で。浄瑠璃だったら「歌う」よりも「語る」がしっくりくるのもわかる。

  そして②は、こういう意味合いなのであれば、エレキ・ギターやピアノなどを弾きながら歌っていれば、たとえバンドを従えていても「弾き語り」ってことになるのね、という意味で。じゃあ、チバユウスケも、ヤマサキ セイヤも、こやまたくやも「弾き語り」。すごい違和感あります。ありすぎるので、これに関しては棚に上げます。

 

  たとえば「アコースティック・ライブ」だと、楽器はアコースティックだけどバンド編成、ウッドベースカホンも加わってライブをやる感じになってしまう。「アンプラグド」だと、もっとバンドっぽい。

  というふうに、既存の言葉だと、どれもニュアンスが違う。何かほかにないだろうか、「弾き語り」に代わるちょうどいい言葉。

 

 「弾き歌い」

 

  まずパッと浮かぶのはこれだけど、どうでしょう。ダメでしょう。「ギターを弾きながら歌う」というニュアンスが消えてしまうし、何か「引かれ者の小唄」みたいな感じも出てしまうし。

 

 「アコギ歌い」

 

  ダメ。エレキを使う人もいるし。あと最近はリズムマシンを使ったりする人もいる。何よりこれだと「ひとりもしくはふたり」感が出ない。

 

 「歌とギター」

 

  ダメ。なんだかわからないし、「ギター弾きながら歌います、バンドなしです」感が出ない。というかこれ、サンボマスター山口隆のパート表記のしかたそのまんまじゃないか。正しくは「唄とギター」か。

 

  奥田民生は「ひとり股旅」。田島貴男は「ひとりソウル・ショウ」。向井秀徳は「アコースティック&エレクトリック」。星野 源は「ひとりエッジ」。大木温之は「一人ピーズ」。

  というふうに、バンド編成でのライブと並行して、恒常的にひとりでギター1本でライブを行っている人が、そのスタイルに名前を付けることがあるのは、そのへんのことも理由なのではないか。

  バンドでのライブではありませんよ、ということはお知らせしなきゃいけないけど、(弾き語り)って付けるだけでは味気ないし、色合いもなんか違う。じゃあ何かそれ用に名前を考えよう、という。

  そういえば、THE BACK HORN山田将司菅波栄純は「弾き叫び」と称していた。やっぱり「語り」に抵抗があったので、実態に近い「叫び」をセレクトしたんだと思う。

 

  書いてみたらどこかへ着地するかも、と思ったが、結局どこへも行き着かないままなのだった。

  でも本当に、誰か何か考えてくれないかなあ、と、いつも思います。

「俺じゃない方がいい」仕事

  宮藤官九郎が初めてテレビドラマの脚本を書いた時、なので1999年のTBSの深夜ドラマ『コワイ童話』でのこと。営業でテレビ局を回っていた大人計画の長坂社長が、磯山晶プロデューサーからこのドラマのことをききつけ、「企画は決まってるから脚本は誰でもいいんだけどね」との言葉に「誰でもいいなら宮藤が書きます!」とプッシュして仕事を取った、という話が好きだ。Cut誌の2014年3月号掲載、宮藤官九郎が半生を語る「2万字インタビュー」の時に、長坂社長ご本人からきいた話です。長きにわたる宮藤官九郎×磯山プロデューサーのタッグが始まったのは、というか、今をときめく脚本家・宮藤官九郎が始まったのは、そんなひとことからだった、という軽さが、何かいいなあ、と。

 

  逆に「俺じゃなくてもいいから断った」というような言い方を聞くと、引く。とても引く。俺じゃなきゃいけない仕事なんかない、と、僕は思っている方なので。

  元ロッキング・オン社、という御威光のおかげで、下手すると「読んでました」とか「文章好きでした」などとチヤホヤされることもたまにあるので(逆もあるが)、「勘違いすんなよ!」という自戒の念もこめて、そのことを忘れないように心がけている。あと、「読んでました」「好きでした」、つまり過去形だってとこをよおく噛み締めろよおまえ! というのもあります。

  とにかく。「俺じゃなきゃいけない」とか「俺じゃなくてもいい」とか言ってセーフなのは、自分の名前で本が出せてそれがガンガン売れて版元が潤うような人だけで、近い業種で言うと、そうね、吉田豪さんとかかな、それくらいの人が言うならセーフ、という話であってですね。

  以前、いつも仕事を振ってくれる某ベテランバンドの担当者に、「あんたがいいっていうんじゃなくて、もうあんたくらいしか残ってないのよね。デビュー当時から聴いていて、ライブも観ていて、このバンドの流れを全部知ってるから、いちいち説明とかしなくていいライターって」と言われたことがある。

  受け取りようによっては失礼な物言いなのかもしれないが、「あ、そういや確かに」と、素直に納得した。で、残っていられてラッキー、と思った。

 

  ただし。「俺じゃなきゃいけない」仕事はなくても、「俺じゃない方がいい」とか「俺じゃダメ」というケースは、歴然とある。

  たとえば僕に、「ザスパ草津群馬の監督にインタビューしてください」という依頼が来たら、「はあ?」となるだろう。サッカー全然知らないのに? しかも、地元広島のサンフレッチェならまだしも、草津? なんで俺に? と。

  そもそもそんな仕事来ねえだろ、と思われるかもしれないが、たまにあるのです。サッカーはさすがにないけど、自分としてはそれと同じくらい「なんで俺に?」というやつ。

  たとえば、アニメの声優とアニメの監督の対談の司会とか。僕はアニメ、全然知らない。沼津に行って「あ、ここ、『ラブライブ!』のご当地なんだ?」と初めて知ったくらい疎い。その声優も監督も知らない。新人ならともかく、どちらもとても人気があるというのにだ。今から猛勉強したって間に合うとは思えない。

  どうでしょう。「俺じゃない方がいい」どころか「俺じゃダメ」でしょ、どうしたって。そう伝えたところ、「はあ、そうなんですか。ちょっとはご存知かと思いました」と言われた。なんでそう思ったんだ。

 

  アイドル関係でも、一度同じことがあった。その時は「ちょっとはご存知かと思いました」みたいなやつじゃなくて、アイドル系ではなくあえてロック系のライターに担当してほしい、という理由だった。

  でも、これもねえ。「アイドルすごく詳しくはないけど普通に知ってる」くらいならまだしも、「おそろしく何も知らない」のに。これも「俺じゃダメ」って話でしょう。ロックもアイドルも詳しくて両方で仕事しているライター、何人もいるじゃないですか。そういう人の方がよくない? もし俺が必死にがんばって、なんとかテキストを形にできたとしても、アイドルって(アニメもだ)熱心なファン、多いじゃないですか。そういう人が読むとばれるでしょ、「こいつ詳しくねえ」って。なので、正直にそう話して、辞退したのだった。

 

  というくらい畑違いなら、まだわかりやすい。困るのは、「普段このあたりのバンドのインタビューよくやってるんだから、このバンドも大丈夫だろ」というのでご依頼いただいたのに「すみません、全然知らないし、ライブ観たこともないんです」というケースもあることだ。これに関しては、もうただただ申し訳ないと言うほかない。

  デビューして2~3年くらいのバンドならまだやりようがあるが、たとえば結成20周年の某バンド、その記念アルバムを機に20年を振り返るインタビューをやってください、という依頼が来た。でも俺はそのバンド、20年間一度もインタビューしたことないし、ライブに行ったこともない、フェスとかで見かけたことすらない、という場合。

  これも明らかに「俺じゃダメ」なケースでしょ。わざわざそんな奴に頼むこたないでしょ。探せば絶対、俺よりはマシなライター、いるでしょ、という話だと思う。

 

  あともうひとつ。それらとは違う理由で「俺じゃない方がよかったのでは?」というパターンもある。文体や記事のフォーマットがかっちり決まっている大手メディアのインタビューとかで起こりうることなんだけど、最終的にすっごいクライアントの手が入って、「これ全然俺が書いたテキストじゃねえじゃん」ってくらい変えられてしまうことがあるのです。

  インタビュー相手が親しい人だったから俺に振ってくれたんだろうけど、そのメディアのフォーマットに揃えるためにここまで直すんなら、俺じゃない方がよかったんじゃない? こんな初めてで右も左もわからない、しかも文章にクセがある、おまけに変にキャリア長いせいでいろいろ凝り固まっちゃってるライターじゃなくて、いつも頼んでいてこのフォーマットに慣れているライターとか、もしくはあなたが最初から自分で書くとかの方が、時間もカネも手間もかからなかったんじゃない? という場合です。

  今後も機会をもらえるなら、そのフォーマットを自分が体得できるように訓練していく、という発想もあるが、そういうケースはまず間違いなく、二度と仕事は来ないのだった。

 

①インタビューやライブレポの日時がぶつかっていて物理的に不可能。

②仕事が集中していてその締切だと無理。

③昔やっていたローソンの深夜バイトに戻りたくなるくらい原稿料が安い。

④自分の信条に反する。たとえば安倍政権を支持するとか、原発に賛成するとか。

 

  という4つ以外は、なるべく仕事を断らないようにしている(④に関してはそんな依頼自体来たことないけど)。ただ、この4つ以外でも、断らざるをえないこともあるのです。「俺じゃなくていいじゃん」じゃなくて、「俺じゃダメじゃん」「俺じゃない方がいいじゃん」という理由で。

  だから「あの程度のライターのくせに断るなんて偉そうだ」と、思わないでくださいね。

  ということをお伝えしたくて書いてみたものの、むしろ「こいつめんどくせえ」と思われるだけであろう、残念な仕上がりになってしまったのだった。

己のキモさに気をつけよう

   9月20日の夜、大阪ABCラジオ『よなよな』木曜=鈴木淳史&原偉大の生放送の終わり際にちょっと出演させてもらって、思いつくまましゃべったことを、ちょっとちゃんと書きたくなったので、久々にブログを更新することにしました。

 

  この9月20日から23日まで、僕は関西にいた。そもそもは、きのこ帝国のニュー・アルバム『タイム・ラプス』の特設サイトに掲載される、佐藤千亜妃のオフィシャル・インタビューを、レーベルからご依頼いただいたところまでさかのぼる。彼女にインタビューしたのは初めて。前からきのこ帝国大好きだし、『タイム・ラプス』めちゃめちゃいいアルバムだし、とてもうれしい仕事だったのだが。

  このアルバムのツアーは、東京と大阪の2本だけ。で、東京の9月23日新木場スタジオコーストは、くるりのフェス『京都音楽博覧会』と日程が当たっていて、行くことができない。でも、せっかく仕事させてもらったし、『タイム・ラプス』の曲たちをライブで聴きたいし、じゃあいっそ20日の大阪なんばHatchまで観に行って、23日の『京都音博』まで関西にいることにしようかな、と。

  そういえば、GLIM SPANKYの企画イベントも東京大阪の2本で、東京の9月24日は別のライブ仕事で行けない、大阪は21日に味園ユニバースだ、じゃあ大阪で見せてもらえばいいじゃないか。というわけで、行くことに決めたのでした。

 

  で。関西行きを数日後に控えたある日。佐藤千亜妃のツイートを見て、その大阪なんばHatchのライブの日が、彼女の30歳の誕生日であることを知る。あ、そうなのか、終演後に関係者挨拶とかあるだろうし、じゃあ何かプレゼントでも用意した方がいいか、誕生日だって知っててスルーするのはちょっとなんだしな、何がいいかなあ……などと考えていて、ハタと気がついた。

 

  気持ち悪くないか? 俺。

 

  佐藤千亜妃の身になって考えてみていただきたい。数年前から何かっちゃあきのこ帝国をいいとか好きだと書いていた50がらみのおっさんライターに、仕事を1本依頼したら、その後の自分の誕生日のライブに、わざわざ大阪まで来た。しかもプレゼントを持って。

  どうでしょう。恐怖以外の何ものでもないでしょう、それは。いやいやいや、違うんです、そういうつもりじゃないんです、ただライブ観たいだけなんです、単に東京の日がダメだったんであって、その日が誕生日なのもたった今まで知らなかったくらいで……。

  どうしよう。手ぶらで行くのはやっぱりあれだけど、変に気合いが入ったものとかあげるのはヤバい、そうだ消え物がいい、食べればすぐなくなる少量のお菓子とかだな、そして万一スタッフとかに誘われても打ち上げに出るなんて絶対ダメ、終演後の挨拶を終えたらサッと会場を去ること! いや、もともと、終わったらABCに行って生放送終わりで彼らと飲もうと思っていたんだけど。そしたら「じゃあ放送にも出て」ってことになったんだけど。

  とにかくそのように考え、行きつけの焼き鳥屋で「キモく思われないためには何をさしあげるべきか」という相談までしてプレゼントのお菓子を買い、大阪まで行ってライブを観て、終演後の挨拶で本人にそれを渡し、そそくさと会場を出たのだった。

  そして、その勢いで『よなよな』に出て、もう我々はそんなふうに己のキモさに自覚的にならなければいけないステージに来ているんだ、きみ(鈴木淳史)と俺の違いはそこだ、きみはまだ自覚が足りない、俺はもう思い知ってるからそのへんに関しては、というようなことを、しゃべりまくったのだった。

 

  ここまで書いて気がついたが、ということは、僕は現在まで、己がそのようなキモいおっさんと化す危険性に関して、無自覚のまま生きて来たということになる。これまで、同じようにライブにマメに通いつめたり地方まで追っかけたりしていた相手が、奥田民生とかエレファントカシマシとかフラワーカンパニーズとかいったような、おっさんもしくはあんちゃんのミュージシャンばかりだったせいだ。佐藤千亜妃のようなミュージシャンにそういうことをしたことがなかったもんで、そこまで考えが及ばなかった、というか及ばせる必要がなかったということか。

  そういえばCharisma.comも大好きだけど、「マメに追っかけ回す」ほどのライブの本数じゃない人たちだったから助かっていたのか、俺は。じゃなかったら、彼女たちに対してもキモいおっさんになっていたかもしれない。

  ……あ! そういや今年の1月、魔法少女になり隊を観に名古屋のE.L.L.まで行ってしまった。この時もインタビューしたばかりだったのと、ツアーの東京の日程が先約のライブ仕事があって行けない状況で、でもワンマン観たい、そうだ名古屋在住の友達と飲みたいからそいつと飲むことにして理由をふたつにしよう、というわけで、そうしたのだった。

  ご本人たち、「名古屋まで来てくれたんですか?」と驚いておられた。ヤバい。gariとウイ・ビトンはいいが、火寺バジルと明治さんに対して、とてもまずい。呼んでもないのに名古屋まで来た。しかも自分のお父さんくらいの歳のおっさんが。怖い。怖すぎる。

  いや、普通のファンならいいよ? ファンであるという時点で、どこまで追いかけ回そうがその人の自由だし、言ってしまえばそうやって追いかけ回されることでミュージシャンは生計が成り立っているとも言えるし。でも俺はそうじゃないし。音楽業界人であって、彼女たちと仕事をして原稿料を得たりする立場なわけだし。

 

  住宅街で道に迷い、通りすがりの女性に教えてもらおうと声をかけたら、ギョッとされて一目散に逃げられた。ショックだったが、そのことによって、スーツ姿じゃない中年男性が、平日昼間の住宅街をウロウロしているという時点で、十二分に「怪しい人」ということになるのだ、と気がついた。

  というコラムを、以前、小田嶋隆さんが書いておられた。その方向でフルスロットルなケースが、今回の私のこの件、とも言えましょう。

  そうか。そりゃそうよね。『おっさんズラブ』だって、吉田鋼太郎だから視聴者にかわいいだの健気だの言われて愛されたわけで、あの役を蛭子能収とか温水洋一がやっていたら、あんなに人気出なかっただろうし。で、自分が鋼太郎サイドか蛭子温水サイドかと問われれば、明らかに後者だし。

  でもほんとはそっちの方がリアルなんだけどな。思い出した。大根仁監督のテレビドラマ版『まほろ駅前番外地』の、黒木華が自分を捨てて他の女のところへ行った元婚約者の指輪を取り返したいと依頼して来る話、そのモテモテの元婚約者、ハゲててもっさい役者を起用していた、大根さん。

  そう、現実ってこういうもんだよな、さすが大根さんだなあ、と感心したものです。

 

  最後に思いっきり話がそれたが、とにかく、日々気をつけて生きていくことにします。

丸山晴茂のドラムについて

 サニーデイ・サービスの通算4枚目のアルバムであり、ほぼアマチュア状態で始まったこのバンドが完成した作品である(と僕は思っている)『サニーデイ・サービス』。1997年10月21日リリース。

  演奏が素人だったり稚拙だったりしても、それが武器になったり魅力になったりすることがある、それがロック・バンドというものである、ということは、まずオリジナル・パンクで知ったし、90年代になってからは、初期ペイヴメントなんかのローファイなバンドたちからも学んだ。

  しかし、そういうガシャーンとした音ではない、アコースティック寄りで静かな歌もののバンド・サウンドでも、そういうことが起こり得る、それによって他の誰にもとっかえが効かないバンド・グルーヴが生まれるケースもある、ということを、最初に思い知らせてくれたのが、僕にとってはこのアルバムだった。

  僕は、デビューから解散までの間のサニーデイ・サービスのアルバムでは、最高傑作はこれだと思っているし、いちばん好きなアルバムもこれだ。

  中でも、1曲目の「baby blue」を最初に聴いた時のショックは忘れられない。曽我部恵一の弾くたどたどしいピアノ。田中貴の、「これセリフだったら棒読みレベルだな」ってくらい淡々としたベース。そして、丸山晴茂の、今にも止まりそうなドラム。「タメ」とか「後ノリ」という言葉では片付けられない、あの感じ。

  この曲に限ったことじゃないが、技術はないし、器用でもないし、「ドラムうまくなりたい」みたいな向上心もそんなになかったんじゃないかと思う。ただ、彼のドラムは、そのような、まさに「とっかえの効かなさ」を持っていた。

  この曲は、というか、このアルバムは、あらゆる意味で完璧だと思う。その完璧さは、狙っても誰も真似できない、というかおそらく本人も狙っていない、このノリのドラムがなければ生まれなかったものだ。と、当時思ったし、今でもそう思っている。この時期のサニーデイ・サービスの3人の、独特にもほどがあるグルーヴの中心になっていたのは、まぎれもなくこのドラムだった。

 

 「baby blue」の、1サビが終わって2コーラス目に入るところのドラムのフィル、「♪タッタッタ タッタッタドタドタ」ってやつ。譜面上は、ドラムかじったことのある人なら誰でも叩けるフレーズだ。僕もかじっていたので、個人練でスタジオに入った時に(なぜか20年ぶりにドラムが叩きたくなって、ひとりで叩いていた時期があったのでした、8年くらい前に)、何度も真似してみたんだけど、全然できない。あの感じが出せない。2サビから間奏~アウトロのドラムのバタバタ感も同じく。ああはならないのだ、どうやったって。

  だからこそ、曽我部と田中は、たとえいろいろ大変であっても彼とバンドを続けることを選んだんだろうし、再結成の時もあたりまえに声をかけたんだろうし、2015年の夏を最後に一緒に活動をできなくなっても「脱退」ではなく「お休み」ということで、帰りを待っていたんだろう。言うまでもないか。

 

  7月15日のお昼前、ローズ・レコーズのツイートで、丸山晴茂が5月に亡くなっていたことを知った。

  驚いたし、悲しかったし、とても残念だったが、それについて何か書くのは、最初、躊躇があった。

  曽我部恵一は、デビューの頃から『DANCE TO YOU』くらいの時期まで、何度もインタビューして来た。そういえば最近ご無沙汰だ、インタビューは。

  田中貴は、仕事はほぼしてないけど、けっこう長きにわたり、時々一緒にDJをやっている。要は遊び仲間ですね。亡くなったことが発表になった2日前の夜も、グレートマエカワや奥野真哉と一緒に、田中と僕とでイベントをやったばかりだった。

  でも、晴茂くんとは、僕はそこまでの関係ではなかった。もちろん面識はあったし、言葉を交わしたこともあるが、曽我部や田中ほどつっこんだ話をしたことはない。

  そんな奴がなんか書くのもなあ、3人とも面識ないくらいなら、むしろリスナーとして書けるけど、この関係性で何か知ったふうなことを言うの、微妙だなあと。

  でも、ツイートで簡単にお悔やみ言っておしまいにするのも、なんかなあ……という思いがあったのと、「すばらしい人でした」とか「すばらしいドラマーでした」とかいうような、「亡くなった人には賛辞を贈るのがマナー」みたいなことではない、もうちょっとリアルな彼の評価を、メンバー以外の誰かが書いてくれるならいいけど、もし誰も書かなかったらちょっとイヤだなあ、という気持ちが、どうしても拭えなかったので、1日遅れですが、書きました。

 

  あと、亡くなったけど、脱退はしていない。だから、いないけどメンバーなんだと思う、これからもずっと。

  曽我部が、晴茂くんがいないことを考えていて(彼が療養に入って離脱したばかりの頃だった)思いついたという「桜 super love」の意味が、曲が書かれた時よりも深くなってしまったなあ、とは思う。

 「きみがいないことは きみがいることだなぁ」という歌い出しのリリック、当然僕も、過去に同じようなことを考えたことがあったもんで、いい歌詞だなあ、すごくリアルだなあ、と感じたんだけど、それがまた、よりいっそうリアルに感じられるものになってしまったなあ、とも思う。

  そういう気持ちになることが、うれしいわけはないけど、でも、忘れたくないとも思う。

 

  ご冥福をお祈りします。安らかに。すばらしい音楽をありがとうございました。