アナログフィッシュ「No Rain(No Rainbow)」のMVについて
6/6、アナログフィッシュ「No Rain(No Rainbow)」のミュージックビデオが公開された。
この曲が入っているアナログフィッシュの最新アルバム『Almost A Rainbow』、昨年の9月にリリースされたものなので、なんで今さら?とか思ったが、観てみたら、あまりのよさに、なんか書きたくて、いてもたってもいられなくなってしまった。
ただ、この曲については、正直、あんまり書くことはありません。
これぞ下岡晃! な、長年このバンドを追ってきた耳で聴いてももうあからさまに大名曲で、現に今のアナログフィッシュのライブのハイライトのひとつになっていて、僕もいつもこの曲が演奏されるのを心待ちにしているのだが、リリースのちょっとあとに知人のライター柴那典が、この曲に関して、腹が立つくらい(なんでよ)的を射たことを書いていたので、それ以上自分がなんか書く気、なくなってしまったのでした。
こちら。https://note.mu/shiba710/n/n44493fdf3432
でも、今さらだけどあえてちょっと書くなら、柴那典が「愛は“コスパ”じゃない」と書いているように、この曲、確かに、「市場化の圧力」へのプロテストであり、人の行為やものの動きになんらかの対価を求めないと成立しない、今の世の中へのプロテストである。
最小限の対価や最小限の努力や最小限の負担で、最大級のベネフィットを受け取ることを目指すのが資本主義社会だが、教育や政治というのは本来そのようなメカニズムで動いているものではない。だから、それでは機能しない。なのに、教育や政治にまでその論理を持ち込むから、おかしなことになってしまったし、今もどんどんおかしなことになり続けている──というような記述が、政治家ではないが教育者である内田樹の著書を読むとよく出てくるのだが、大きな意味でそれと同じようなことを表している歌だと思う。
世の中が楽しく気分よく暮らしにくくなっていく、その原因のひとつを指摘している、というか。
逆に言うと、楽しく気分よく暮らしていくための、ものの考え方のひとつを、提示しているというか。
で。このMVなのだが、おそろしくカネかかっていない。
メンバー3人とも一切出てこない。基本的に、東京の城南エリア(って言っていいですよね)の、あちこちの街の風景を撮って、つないだだけのもの。
下岡晃がどこに住んでいるのか知らないが(佐々木健太郎と斉藤州一郎がどこに住んでいるのかは知っているのに。なんでだろう)、きっとこのへんが彼の生活圏なんだろうな、と思う。
渋谷駅ハチ公口。渋谷駅南口。渋谷駅そばの桜丘町の桜坂。駒場東大前駅近くの踏切。淡島交差点そばの遊歩道んとこの小さな公園。世田谷線の宮の坂駅そばの四つ角。井の頭通りの代々木上原駅に入るあたり。夕暮れの新代田駅、FEVERのそばの、環七の下に井の頭線が走ってるとこ。代々木公園の、代々木八幡駅に入るとこの交差点。などなど。
強いて言えば、電車、もしくは線路を軸にして作ったのかな、という気はした。井の頭線、世田谷線、千代田線、小田急小田原線、東横線、銀座線が映っているので。
あ、そうか。だからくるり岸田繁が絶賛ツイートしてたのか。違うと思います。
ただ、カネはかかっていないが、手間はかかっている。
特に、そのカットの太陽光の感じや、影の落ち方や、アングルの切り取り方や、そのアングルの中を人やクルマや電車が通るタイミングなど、もう何もかもが絶妙。って、何がどう絶妙なのかとても説明しづらいが、いちいち「そうか!」とか言いたくなる、観ていると。
そして、それらの積み重ねによって「街の風景を描くことがそのままプロテスト・ソングになる」という、アナログフィッシュ下岡晃楽曲がやりたいことと完璧にシンクロした映像作品に仕上がっているのだ。
これ、下岡晃が自分で作ったのかな、と思ったが、クレジットを見たら「笹原清明」となっていた。アナログフィッシュの写真をずっと撮っている人だ。げ。別人なのか。なのにこの作品か。本人かあんた。というか、メンバーか。と、言いたくなりました。
何よりも、具体的にはなんにも言っていない映像なのに、何か、とても希望を感じさせるところが、とてもいい。すばらしいと思う。
あれ、もう20年くらい前かな、佐内正史の写真を初めて観た時に、衝撃を受けつつも意味がわからなかったのを、よく憶えている。
なんだこのカメラマン、ただ街の風景に向かってシャッター押してるだけなのに、なんでこんなにすごいんだ、と。
その時の感じを、思い出した。ただ、今は、当時ほど「意味がわからない」とは思わなくなってるな、俺も、とも思った。
このMVも、この曲も、というか今のアナログフィッシュ自体、ミュージシャンやライター等の音楽関係者から絶賛されること、本当に多いけど、特にライターとかの関係者のみなさん、ならば、できればもっとライブにも来ていただきたい、そしてそのすばらしさをどんどん広めていただきたい。
と、ライターとかの中ではかなり観に行っている頻度の高い(と言っていいと思う)身としては、望みます。
アナログフィッシュ、新代田FEVERで対バンシリーズをやっていて、1本目は4月24日(日)Alfred Beach Sandolと行った(レポはこちら。http://shinjihyogo.hateblo.jp/entry/2016/04/27/153633 )。
次は2本目、6月25日(土)、相手はトリプルファイヤーです。
ぜひ。
……とか書いていたら、同日同時刻に、仕事が入って観に行けなくなってしまいました。
がーん。すみません。
そっちも、仕事させてもらえるなら絶対やりたい、大好きなアーティスト関連の案件なので、やむをえないのですが。
その次の毎年恒例「Natsufish TOUR」、8月10日(水)渋谷クラブクアトロは、観に行きます。
6月25日(土)新代田FEVER、行ける方はぜひ。
なぜ下北沢や三軒茶屋にもキャバクラがあるのか
下北沢や三軒茶屋にもキャバクラらしきものはあって、連日ワイワイ客引きしておられるが、どういうマインド設定をすればこれらの街でこれらの店で楽しい時間をすごせるのか、というイメージがどうしてもできないまま、早くも25年経過。
というツイートを、先日した。銀座とか六本木は高い、だから新宿歌舞伎町とか渋谷、というのはまだわかるけど、下北とか三茶ってそういう街じゃないじゃん。特に下北ってバンドマンとか演劇人とかがウロウロしてるとこでしょ。来ないよね? そういう店に。なんで?
と、以前から不思議に思っていて、その日の下北沢にも客引きがいっぱいいたので、なんとなくそうツイートしたのだが、それを見た知人の編集者が、即座にリプライをくれた。
曰く、
あれです、六本木や新宿などとは違い、近隣に住む女子大生的なより身近な女性が在籍していて、よりあわよくば感が強いというマインドではないでしょうか。
ということです。
なるほど! と、とても、大変に、それはもうものすごく、納得した。さすがKさん。次々とヒット作・話題作を出している敏腕編集者だけのことはある。
というのも、僕がいつも前を通る、下北沢の……あそこ、キャバクラじゃなくてガールズバーだけど、よく女の子たちが店の前に出て、客引きをしているのですね。
で、その子たちが、CLUB Queのビルのファーストキッチンでギャハギャハ笑いながらたむろっていそうな、昔レコファンがあったとこの近くのイタリアントマトで延々とだべっていそうな、曽我部恵一さん経営の素敵なお店CITY COUNTRY CITYには来なさそうな、ライブハウスや劇場にも、うーん、来ないかも、というような、でもビレバンにはいそうな……しつこいですね。そろそろやめますが、とにかくそんな感じの、ごくごく普通の子たちなのです。顔とかスタイルもだけど、着ているものも含めて。
「え、この子たちと飲むために、普通の飲み屋より高いカネ払うの?」というのも、かねがねから疑問だったのだが、そっちの疑問も一気にとけたのだった。「確かに!」と。
僕は人生で三度だけ、「こういうのをいわゆる高級キャバクラというんだろうな」というような店に行ったことがあるのだが、それ昔某大手マネージメントの偉い人がおごりで連れて行ってくださったのだが、もっと言うと三度ともその同じ人というのが我ながらどうかとも思うし、「あんなにおごっていただいたのになんにもお返しできてなくてとても申し訳ないです」という気持ちを抱えたまま10年以上が経過していたりするのだが、とにかく。
もう見るからに高そうな店で、出てくるおねえさんたちみんな「まあおきれい!」「ザ・キャバクラ!」みたいな感じで、僕がもともとそういう店が苦手なのは置いといても、「こんな子たちが俺とか相手にするはずがねえ」という確信が、席に着いた瞬間に芽生え放題芽生えて、ゆえに愛想よくされても居心地悪くて、私なんぞがこんなとこに座っていてほんとに申し訳ございません、と四方八方に頭を下げ続けたくなるような、そんな感じだったのでした。
という観点からすると、その下北のガールズバーみたいに「ただのそのへんのねえちゃん」の方が、確かに「あわよくば」感を持てますよね。と、納得したのでした。
そうか。だから高円寺にも、いっぱいそういう店があるのか。
なお、その人生で三度だけの高級店、二回は六本木で一回は大阪の北新地だったのだが、一回目に六本木の店に行った時、「今日入ったんです」という初々しいおねえさんがいた。
で、半年くらい経ってまたその店に行ったところ、その同じおねえさんが付いたんだけど、もうあからさまにどかーん!と、胸がでっかくなっていた。どう考えても自然にそうなるはずはない、というのが明白なレベルで。
何か、もの悲しい気持ちになりました。めっちゃきらびやかな店の中で。
渋谷にBAR BOSSAというワインバーがあって、いい店で、長いこと通っている。そしたら数年前、そこのマスターがcakesでコラムの連載を始めたり、本を出したりするようになった。
その人、「渋谷の隠れ家的なバーのマスターだから知っている、恋愛についてのいろんな話」みたいなコラムを書いていて、人気を博しているのですね。本人は、既婚者で、浮ついたところのない、品行方正なキャラクターなんだけど。歳は僕のひとつ下です。
ならば。俺が彼のように、色恋とかおねえちゃんとかの方面のことを書いてみたら、どうなるだろう。
と思って書いてみたら、こんなことになってしまいました。
目も当てられないとはまさにこのこと。と、自分でも思います。
エキストラの話
僕は立命館大学の出身で、京都で大学時代をすごした。
当時、京都の大学生の定番バイトのひとつに、「エキストラ」というのがあった。もう30年近く前のことなので、今は事情が違ったりすると思うが。
東映や松竹の撮影所が、年末年始特番の大型時代劇(放送時間が何時間もあったり、2日に分けて放送されたりするやつ)を撮る時期になると、学生相談所とかに求人を出して、アルバイトを集める。
朝早く撮影所に集合して、滋賀や三重の山の中なんかまでバスで行って撮影をして、夜8時とか9時頃に戻ってくるので、拘束時間が長い。でも撮るのは1時間とか2時間程度で、延々と待っているだけで基本的にラク。それで8000円とかもらえて、しかも日払い。というのが魅力で、何度かやった。
というわけで、里見浩太朗扮する西郷隆盛の前で出兵する薩摩軍のひとりになったり、丘の上から松方弘樹の徳川家康が見下ろす中、東軍の足軽のひとりとして行進したりした。
後者は、CM明けにちょっとだけ映っていました。行進する足軽たちを引きの画で撮っている、その中のひとりなので、自分じゃないと絶対わからないレベルでしたが。
で。2014年9月に公開された映画『まほろ駅前狂騒曲』に、実は2秒くらい映っている。
当時、僕はロッキング・オン社の雑誌、Cutの編集部にいて、この映画の撮影の様子を取材して主演の松田龍平&瑛太に短いインタビューをする、という仕事で、上野の喫茶店での撮影現場におじゃましていた。
行天(松田龍平)の実の娘を預かることを、多田(瑛太)が行天に打ち明けるシーンの撮影だった。何度もリハを行い、撮影し、カメラ位置を変えてもう一度撮影する──というさまを見学していたのだが、何度か撮ったところで大森立嗣監督が、「うしろの階段、誰か通った方がいいな」と言い出した。その喫茶店、1階と地下に分かれていて、お客は階段を使って店を出入りする、その階段がふたりのうしろに映るアングルだったのだ。
で、助監督が「はい、えーと……」とあたりを見回し、僕に「あ、あなた、映るとまずいですか?」と訊いてきた。
「いや、別にまずくないですけど」
「じゃあお願いします。ここにいて、僕が肩を叩いたら、歩いて階段を上がってください」
ということになった。で、指示されるがままに階段を上がったのだが、1階にはこの取材をブッキングしてくれた映画宣伝会社の人がいて、僕を見るや否や、あわてて手でバッテンを出してくる。「このバカ、本番中に階段を上がってきやがった」と思われたのだった。
上がりきったところで事情を説明したら、「ああ、失礼しました。よくあるんですよね」と言われた。画作りのため、その場にいる人をパパッと使うというの、めずらしいことではないらしい。そのあとその人も、喫茶店の客として、行天&瑛太のうしろの席に座らされていた。
なんでこんなことを書いているのかというと、「映画『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』がエキストラを募集」というニュースを見て、思い出したからなのでした。
大根仁監督、面識あるので、エキストラの中に俺がいたら笑うかなあ、と、一瞬思ったが、今のこの手のエキストラの常識としてバイト代は出ないのと、拘束時間が16:00~翌朝6:00であることと、「撮影内容:架空ファッション誌のプレスパーティーのシーン」というのを見て、どう考えても俺がいたら変だな、と思って、やめました。
4月11日から生活が変わった
8時ちょっと前に起き、NHK連続小説『とと姉ちゃん』を観る。それが終わると8時半に家を出て、ラジオを聴きながらランニングする。1時間弱ぐらいで戻ってきて、シャワー浴びるとかメシを作って食うとか洗濯とか掃除とかの作業を終わらせ、11時になると同時にラジオを消してPCに向かい、仕事を始める。
という生活サイクルが、この1カ月でできあがった。4月11日に始まったTBSラジオ『伊集院光とらじおと』に合わせたのだ。月曜から木曜、朝8:30から11:00まで。1回目の放送を聴いて「ヤバい、これ、毎日聴いてしまう。仕事に支障をきたす」とあわて、「いっそ勤め人だったら聴くのあきらめられたのに」とか思ったものの、ならば、心配しながらダラダラ聴くんじゃなくて、そこにきっちり生活サイクルを合わせてみよう、と試みたところ、思ったよりもすんなり回ることに気がついたのだった。
僕のようなフリーの音楽ライターという業種だと、午前中から取材等の仕事が入ることは、ゼロではないが、たまにしかない。急ぎの原稿仕事がある時は、6時に起きて8時まで仕事してからいつものサイクルへ、というふうにしている。結果、『伊集院光とらじおと』を生で聴けなかったのは、この1ヵ月間で3回だけだった。それらも途中までは聴けたので、残りは録音で聴いて対処できた。なんだ対処って。
とりあえず、月曜から木曜はそのようなサイクルで生活している。なので、雨が降ったりすると、そのリズムが崩れてオロオロする。最初はスマホでradikoで聴いていたが、数日後にポケットに入るトランジスタ・ラジオを買った。ラジオなんて買うの、小学生の時以来だ。
自分のひとつ下のおっさんの生活リズムをここまで変えさせる伊集院光のしゃべりがすごいのか、そこまでして聴く僕が変なのか。まあ両方だろうが、ただ、やっぱり、伊集院光という人のしゃべりの中毒性は、本当にすごい。
僕より全然ディープな、長年の伊集院リスナーである某ミュージシャンに、「『深夜の馬鹿力』、1週間かけて何度も何度も聴いちゃうよね」と言ったところ、「僕は、聴き返すのは1回まで、という自分内ルールを決めて、絶対に守るようにしてます。じゃないと、本当に音楽を聴かなくなってしまうので」と返された。
毎朝リスナーからの投稿を聴いていると、やはり、仕事しながら聴いている人がとても多い。農家とか、町工場とか、運転しながらとか。彼に「ああいうふうに、ラジオ聴きながら仕事できる職種だったらなあ、って思うことない?」ときいたら、やはり、あるそうです。あるけど、「せっかくミュージシャンなんて仕事に就けたのに何を考えてるんだ俺は」と、自分で自分に引くそうです。
僕も、仕事しながら聴くことにも何度かトライしてみたが、「仕事は進むが聴けてない」か、「聴いてるだけで仕事が進まない」のどっちかにかしかならないことがわかり、あきらめた。マンガ家だったらペン入れしてる時とかは聴けるんだろうけど。実際、ラジオつけっぱなしで仕事しているというマンガ家は多いが、ライターとか作家でそうしているという人は、きいたことがない。いたら教えてほしい。コツを真似したいので。
また、やはり以前からの伊集院リスナーである、勤め人の飲み友達に『伊集院光とらじおと』の話をしたら、内容をすべて把握していた。録音で、1日遅れですべての放送を聴いているそうです。僕よりすごい。
あと、ラジオに関して、伊集院以外にあまり手を広げない、ということは、心がけている。気になる番組、聴きたい番組は、もっともっといっぱいあるのだが、本当に「ラジオを聴くことしかしない生活」になりそうで怖いので。
そういえば中学生の頃は、月曜から金曜まで、夜22時からのNHK-FM『サウンドストリート』と、深夜1時から3時の『オールナイトニッポン』は、ほぼ毎日聴いていた。いったい毎日どうやって生活してたんだろう、いつ勉強とかしてたんだろう、というかそりゃ学校で寝るわ、と思う。
高校生になってからは、毎晩のように外をフラフラする生活になったので、聴いたり聴かなかったりに変わったが、それでも「木曜は『ビートたけしのオールナイトニッポン』だから絶対に家に帰る」などの自己ルールがあった。
書いていて思い出した。そもそも、クイーンの新しいアルバム『HOT SPACE』がリリースされる直前に、その曲がいっぱいかかる番組があると友達が教えてくれて、NHK-FM『サウンドストリート』を聴いたら、おもしろくて毎回聴くようになり、FM雑誌を買ったらその渋谷陽一というDJが人気投票1位で載っているのを読んで「あ、この人、音楽雑誌も作ってるんだ?」と知り、ロッキング・オンを買うようになり、大学を出るちょっと前のタイミングで誌面に社員募集が載っていたので応募したら採用されて、そのままずっと勤めていたが1年前にやめて現在に至る。
と、そもそも人生がラジオきっかけで決まったのだった。そうか。怖あ。今さら怖がっても完全に手遅れですが。
2016年5月8日、平井堅20周年アニバーサリーツアーのファイナル
・1曲目を「Love Love Love」で始めた。そもそもこの曲の歌い出し、アカペラなので、アカペラでライブを始めたということ。
・「母の日なので」という理由で、地元のことを綴った「桔梗が丘」を歌う。
・「Plus One」「TIME」「魔法って言っていいかな?」の新曲3曲、すべてやった。「魔法って言っていいかな?」は、アンコールで、アコースティック・ギター1本の伴奏で。
・「楽園」は当然やる。
・後半の盛り上げゾーンで、「世界で一番君が好き?」「Strawberry Sex」「KISS OF LIFE」「POP STAR」を並べてプレイ。リリース当時、「この(絶頂に売れている)タイミングでこれがシングルって何考えてんだ」と周囲を唖然とさせた「Strawberry Sex」がちゃんと入っている。
・「KISS OF LIFE」の時に、気球に乗って、フロア上空を1周しながら歌った。「このツアー、気球で飛んでいるらしい」という噂はきいていたが、目のあたりにすると、相当くるものがありました。本当にバルーン6個の浮力で浮いていて、それを地上のスタッフ数名がヒモでひっぱって歩きながらフロアを1周する、という、極めて人力なものだったので(僕にはそう見えました。違っていたらごめんなさい)。ミュージシャンが宙を飛ぶ、というのは、ユニコーンや氣志團やSPIRAL LIFE(懐かしいな)などで何度も観たことがあるが、こんなの観たのは初めてでした。「マジか!」と思いました。
・その「『KISS OF LIFE』でケンちゃん気球に乗る」の間奏部分でのMC。「人生、つらいこと、悲しいこと、恥ずかしいこと、いろいろあると思います。そんな時は、この気球に乗った44歳のおじさんを思い出してください。こんな恥ずかしいこと、そうそうないと思います!」。超満員の国立代々木競技場第一体育館、大ウケ、大喝采。
・アンコールのシメは「キミはともだち」をフルコーラスアカペラで歌いきった。つまり、アカペラで始まってアカペラで終わったライブだった。
・この人、いつもステージを去る時に、「しーっ」てやって客席を静かにさせてから、マイクを使わずに生声で「どうもありがとうございましたー!」とか叫ぶのだが、今日の叫びはこれでした。「俺は幸せ者だ! どうもありがとう!」
平井堅のデビュー20周年を記念してのライブハウスツアー→ホールツアー→アリーナ-ツアー、そのファイナルの2016年5月8日、国立代々木競技場第一体育館2デイズの2日目は、そんなライブでした。
どうでしょう。最高以外の何ものでもないでしょう。自分のことも、ファンのことも、音楽のことも、一切裏切らない、幸せしか呼び込まないステージだった。
またこのアーティストへの信頼が増しました。
ほんとに、いい時間だった。
あ、「バズーカでサインボール撃ってキャッチした人がリクエストした曲を歌う」コーナー、今日は「Missin’ you~It will break myheart~」と「キャッチボール」でした。
それから、20周年アニバーサリーツアーのラストなんだから、どこかで「LIFE is…」やってほしいんだけど、どうかなあ、と思っていたら、8曲目でやってくれた。うれしかった。
なお、新曲3曲ともめっちゃいいが、「魔法って言っていいかな?」が特にすばらしかった、生で聴いたら。
で、聴いていて、「もしかして俺、『魔法』という言葉が入っている曲を好き、っていう嗜好性があるのかも」と、初めて思った。
たとえば星野 源の「くだらないの中に」。「魔法がないと不便だよな」という一節があって、そこがやたら好きなのです。2番で「希望がないと不便だよな」に変わることも含めて。
あと、たとえば、サニーデイ・サービスの「魔法」。タイトルからしてそのまんま。
4/28(木)横浜にぎわい座、真心ブラザーズ「サシ食いねぇ!」ツアー初日公式レポ
このテキストは、ライブ終了後にレーベルがウェブの音楽ニュースメディア等に一斉送信するプレスリリースとして、「どこにアップされてもOK、無記名でも記名でもOK、一部抜粋とか引用とかでもOK」という前提で、ご依頼をいただいて書いたものです。
で、一斉送信後、数カ所のニュースメディアにアップされたのを確認したので、「どこにアップされてもOK」なので自分のブログにもアップしておきます。
「あたたかいぼくの部屋」にとりみだし、桜井さんのホーム感に爆笑する、ほんとにいいライブでした。では以下、レポです。
真心ブラザーズ、YO-KINGと桜井秀俊が弾き語りで対決する、そして通常のライブハウスではない会場を選んで全国を回る、という趣旨のアコースティック・ツアー、『サシ食いねぇ!』が4月28日(木)、桜井の地元である横浜・桜木町の寄席、横浜にぎわい座から始まった。なお、このツアー、YO-KINGも桜井も、その日のセットリストはスタッフも知らないまま、本人がステージで歌うまでわからない状態で行われるという。
先攻はYO-KING、真心ブラザーズを活動休止した直後にリリースしたソロアルバム『愛とロックンロール』収録曲の「FOREVER YOUNG」でライブをスタート。
「今日は僕が先攻で。もう(後攻の桜井が)出にくいくらい、いいライブをやります。今日は懐かしい曲もいっぱいやります」と宣言、拍手を浴びる。
以降、1曲ごとに短いMCをはさみながら、未発表曲、カバー曲、他アーティストへの提供曲など、レアな曲を次々に披露。
特に7曲目、名前がまだ倉持陽一だった頃(1991年)の初のソロアルバム『倉持の魂』の1曲目、「あたたかいぼくの部屋」を歌った時は、会場がどよめいた。桜井の大学卒業試験のため真心の活動が休みだった時期に作られた『倉持の魂』は、リリース直後に真心が活動再開したこともあり、ディスコグラフィーの中では埋もれ気味な存在だが、このアルバムを偏愛する古くからのファンが多い、隠れた名盤。このアルバムの曲を生で聴ける日が来るとは……という感慨に、にぎわい座が包まれた。
「ここは本当に地元で、中高時代をここですごしたし、今もこのあたりに住んでいる」という後攻の桜井は、2012年に地元のテレビ局、TVKに依頼されて書き下ろした開局40周年記念ソング「カモン! カナガワン!」でスタート。イントロが始まると同時にハンドクラップが起こり、「♪ここに住んでてよかったよ」(桜井)「♪よかったよ!」(客席)の掛け合いもばっちりキマるなど、大ウケ。歌い終えた桜井も「めっちゃホームじゃないですか!」と驚くほど。
その後、『I Will Survive』収録の「メトロノーム」をしっとりと聴かせたり、地元ということで中学時代の思い出を歌にした「あいつがムショからやってくる」を歌ったり、レアな曲を次々とサービス。
ちなみに、「あいつがムショからやってくる」その曲の歌詞に出てくる同級生が最前列どまんなかに座っていることに曲の途中で気づき、思わず曲の中では偽名に変えてあるその彼の名前を本名で歌う、というサプライズ(?)もあり。
ラストは、「サマーヌードの影に隠れた名曲」(桜井)、「Dear,Summer Friend」でアッパーにしめくくった。
ふたり揃ってのアンコールでは、この日発表になった、今年10月16日神戸SLOPEを皮切りに17公演を行う『GREAT ADVENTURE 20th』ツアーを改めて告知。YO-KING曲、桜井曲、超初期の某大名曲など4曲をプレイ、大拍手の中、終了。桜井が思わず「……いいツアーになりそうですね!」と口にするほど、ステージの上も下も大充実の2時間だった。
この横浜にぎわい座を含め、各地でソールドアウト続出のこのツアーは、この後全国14カ所を周り6月26日福島 創空間 富や蔵でファイナルを迎える。
4/24(日)新代田FEVER、アナログフィッシュ×Alfred Beach Sandolを観ました
アナログフィッシュが始めた、対バン企画の一発目、Alfred Beach Sandolを迎えてのライブ。この企画、それぞれワンマンくらいたっぷりやるという趣旨のようで、次回は6/25(土)に同じく新代田FEVERでトリプルファイヤーを迎えて行うことが決まっている。
まず、Alfred Beach Sandol。僕は初めてライブを観たんだけど、この歌とギター/ウッドベース/ドラムの3人組のステージ、なんでアナログフィッシュが呼んだのか、なんで呼ばれたのかが、なんだかとてもよくわかる感じだった。のちのMCで佐々木健太郎は「レーベルメイトです」と言っていたが、たぶん、だからではなく。
似てない、でも近い。かぶらない、だけど同じ匂いがする。というようなことがが、観ている間ずっと頭の中をグルグル回り続ける、そんな印象だった。
音圧に頼らない。音が隙間だらけなのを気にしない、というかむしろ隙間だらけの方がいい。歌詞は必要最小限に。具体的に言葉にすれば、そういう感じだろうか。
で、アナログフィッシュ。これ、僕個人の感じ方かもしれないが、佐々木健太郎はイケイケにストレートで、下岡晃はラジカル、みたいな選曲だった気がした。健太郎は歌声が朗々と伸びるようなレパートリー、下岡晃は「No Rain(No Rainbow)」みたいなキラーチューンもやるけど、その分実験的で新しいことにトライするような曲もやる、というような。
で、いずれも、今回も、すばらしかった。
まさにワン&オンリーだと思う。で、アナログフィッシュの名前くらいは知ってるよ、という人が持っているイメージよりも、きっと、とっつきやすいし、間口の広いことをやっているとも思う。もっといろんな人に入ってきてほしい、と、入ってきたが最後出られなくなっている、FEVERに集まったファンを見ながら思いました。
以下、完全に余談。
僕はサニーデイ・サービスの田中貴が三宿Webでやっている夜中のイベント(DJするやつです)を手伝っているのだが、ゲストDJで、何度か健太郎に来てもらったことがある。
いちばん最近来てもらったのは2週間前、4月8日だったんだけど、その日、健太郎はアコースティックギターを背負ってWebに現れた。
「何、練習の帰り?」「いや……あの……」「……え? 歌うの?」「……はい。タイミングがあったら、歌おうかなと思って」
で。タイミングもクソもなく、自分の持ち時間になった瞬間に歌い始めました。
マイクの用意が間に合わなくて、生声と生ギターで、Webのフロアをねり歩きながら。自分の曲を歌ったり、エレカシの曲を歌ったり。
お客さん、びっくりしてました。喜んでたけど。
それから、毎回このイベントに来てくれるお客さんで、アナログフィッシュは名前しか知らなくて、時々DJに来る健太郎のことを「自分の出番が終わると泥酔して踊り狂ったり酔いつぶれて寝たりする男」としてしか認識していなかった人が、その生歌を聴いて「えっ、こんなにいい歌を歌う人なの?」とびっくりして、FEVERに行ったらすっごくよかったそうです。あまりによかったので、その2日後の、4/26の渋谷gee-ge「COUCH with 佐々木健太郎」にも行ったそうです(私は行ってませんが)。
Webの時は本人に、「ギター持ってくるんなら前もって言ってよ。いきなりだったら、PAとかの用意できなかったじゃん!」とか言ってしまいましたが、そういうこともあるのなら、歌ってもらってよかったな、と思いました。
「歌ってもらった」わけじゃないけど。「勝手に歌われた」に近いんだけど。