兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』に「やられた!」と思った

  津村記久子の『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日新聞出版)。2018年の6月末に出た小説だが、半年が経つ今でもちょいちょい読み返している。全11話の連作短編集で、1話1話が独立した話なので部分的に読み返しやすい、というのもある。サッカーに関する小説なんだけど、サッカーを全然知らなくても(僕もそうです)、ある条件を満たしている人なら、すごくおもしろく読めると思う。

 

  どういう条件か。「誰かの・何かのファンである」という条件です。この小説、リーグ戦最終節に向かうJ2の11チーム、それぞれのサポーターが主人公なのだった。1話ごとに、どのチームを応援している、どこに住んでいる誰が主人公なのかが、設定されている。大学生とか、主婦とか、OLとか、高校生とか、若いサラリーマンとか、定年後のおじさんとか。彼ら彼女らは、今どんなふうにそのチームを好きなのか。どんな事情でそのチームを応援するようになっていったのか。どんな生活をしながら、どんな人と関わりながら、そこでどんなことを考えたり感じたりしながら、そのチームを応援しているのか──。

  要は「J2のサポーター」というフィルターで、普通の人の普通の人生を描いている、ということだ。もとから「普通の人の普通の人生を描く」ことにおいて比類なき作家が津村記久子だが、その中でも最高峰の作品だと思う。つまり、誰かのファンになって、その作品や活動を追い続けたり、応援に通ったりしている人・したことのある人なら、自分に置き換えて読める、だからすっげえおもしろい、という話です。

  サポーターであること、ファンであることの、その人にとってのかけがえのなさを、小説で描こうとした。という発想自体にまず唸ったし、読んで見事にそれが成功していることを知って、さらに唸った。

 

  朝日新聞の夕刊で、この小説の連載が始まった時、「おもしろい!」と思ったのと同時に、なんか「やられた!」と思ったのを憶えている。

  僕は3年半前に会社をやめてフリーの音楽ライターになって、ライブに行く量が一気に増えて、それに伴っていろんなバンドのファン、ジャンルやバンドのキャリアによって年齢も職業も生活もさまざまに違ういろんな人たちを、見たり、知り合ったり、話したりすることがとても増えた。で、「ファンっておもしろいなあ」と日々感じることが多くなっていたところでこの連載が始まったので、「やられた!」と思ったのだろう。「ファンっておもしろいなあ」という言い方はちょっと雑か。「ファンである人生」とか、「ファンであることが組み込まれた生活」とかについて、いろいろ考えることが多くなった、ということです。

  もちろん、自分だってそうなわけです。たとえば僕に置き換えると、この『ディス・イズ・ザ・デイ』の1話みたいに、自分を主人公にして「ビートたけしと自分」「奥田民生と自分」「松尾スズキと自分」「伊集院光と自分」について書け、と言われたら、文章の巧拙は置いといていいなら、あと三人称じゃなくて一人称でもOKなら、何かしらは書けると思う。あなたも書けるでしょ。

  だから、津村記久子サッカーJ2のファン11人を主人公にして書いたこれ、ロック・ファン11人でも書けるじゃないか! と思ったのだった。次はそれで書いてくれればいいのに。津村記久子本人と面識があるのでそう言いたいが、自分の才能が特別にすごいものであるということを、いまいちわかっていない人なので、「兵庫さんが書かはったらええやないですか」とか平気で言いそうだしなあ。

 

  なお、この小説、あとがきで本人に謝辞を述べられている人たちの中に、僕の名前も出てくる。

  第11話の舞台が広島の呉で、リアルな方言がわからないので、そこだけ赤入れてもらえません? と依頼されて、会話の部分でちょっとだけ、お手伝いしたのでした。

  連続テレビ小説の方言指導の人みたい。自分が広島出身であることがそんなふうに役に立つ日が来るとは。とか思っていたら、そのあと別の知り合いから「兵庫さん広島出身でしたよね? 後輩が担当してる作品が、舞台が広島で──」と同じような依頼があって、「え、また?」と驚いたりもした。

  それ以降は来ませんが。というか、そもそもふたつ続いた方が不思議ですが。