兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

「元××」の話  

  「元ロッキング・オンの兵庫さんです」と紹介されるのが、苦手です。

 

   株式会社ロッキング・オンの社員だったことを恥じているわけではないし、隠したいわけでもないし、ロッキング・オンという会社が嫌いになったわけでもない。あと、僕のことをそう紹介する人が、間違っているわけではないし、失礼なわけでもない。むしろ当然だと思う。

   じゃあなんでイヤなのかというと、そのたびに、

 

 ロッキング・オンをやめて6年も経つのに、それ以上強いカードを自分が持てていない

 

 という事実を、突きつけられるからです。

 たとえば吉田豪さん、「元紙のプロレスの」とは紹介されないじゃないですか。鹿野淳だって、もう元ロッキング・オンとは言われないですよね。「MUSICAを出している会社の社長」とか、「VI VA LA ROCKのプロデューサー」の方が、通りがいいから。

 つまり、そう呼ぶ人が悪いわけではなくて、そう呼ぶのがもっともわかりやすい状態に甘んじている自分がダメだ、ああダメだ、という話です。

   会社をやめて1~2年ぐらいの頃は、「まあ、まだやめたばっかりだし。吉田豪さんも鹿野さんも、やめてずいぶん経ってるし」という言い訳が自分の中で成立したが、6年も経つと、もうさすがに、ちょっとあれだ。

 

  という中でも、いちばん困るのが、「元ロッキング・オン」が通じない場で、そう紹介されることである。

  たとえば、初対面の若いバンドの取材で、僕と以前から面識があるスタッフの方が、メンバーたちに、「ライターの兵庫さん、前は長いことロッキング・オンにいて、ジャパンで書いていた方です」とか、紹介されることがある。それは全然いい、音楽業界の中での話だから。

  しかし。たとえば、飲み屋のカウンターで隣になった人に、顔なじみのマスターが「この人すごい有名なんですよ」的な按配で、「元ロッキング・オンの兵庫さんです」と紹介する、みたいなことが、あったりするのだ。

  で、かなり高い確率で、知らないのな。僕を知らないのはいいとしても、ロッキング・オンのことも。

  という、このパターンがいちばん恥ずかしい。思い出すだけで、立ち上がって「うああああ!」と叫びだしたくなるくらいです。

 

 というのとは関係ないが。別の店で、隣になった男に、店主が僕のことを元ロッキング・オンだと紹介したところ、その男に、SNOOZER読者だったこと、CLUB SNOOZERに通いつめていたことを、数十分にわたって語られて、ほとほと閉口したことがあった。

  知らんがな。「え、広島カープの職員だったんですか?」って、ヤクルトスワローズの話を延々と始めるのと同じ、ってことに気づけよ。

  この数日前に、伊集院光が、自分のことに気がついたタクシーの運転手に、『ハライチのターン』がおもしろい、という話を45分にわたって語られた、という話を、『深夜の馬鹿力』でしていた。ああ、こういう気持ちになるんだなあ、と、実感したものです。

 

  佐久間宣行がテレビ東京を退社してフリーになることを発表した、2021年3月3日放送の『オールナイトニッポン0』でのこと。退社後に個人事務所を作らなきゃ、という話から端を発して、生放送を聴いているリスナーたちからのメールが「その事務所の名前は何がいいか」という、ちょっとした大喜利状態になった。

  で、それらの投稿に、しばらく爆笑した末に、佐久間宣行が言ったひとこと。

「どうしようかな、会社名。……『元テレ東』にしよっか。あっはっは!」

  ああ、俺もこれくらいフラットになれたらなあ。と、つくづく思いました。