兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

「俺じゃない方がいい」仕事

  宮藤官九郎が初めてテレビドラマの脚本を書いた時、なので1999年のTBSの深夜ドラマ『コワイ童話』でのこと。営業でテレビ局を回っていた大人計画の長坂社長が、磯山晶プロデューサーからこのドラマのことをききつけ、「企画は決まってるから脚本は誰でもいいんだけどね」との言葉に「誰でもいいなら宮藤が書きます!」とプッシュして仕事を取った、という話が好きだ。Cut誌の2014年3月号掲載、宮藤官九郎が半生を語る「2万字インタビュー」の時に、長坂社長ご本人からきいた話です。長きにわたる宮藤官九郎×磯山プロデューサーのタッグが始まったのは、というか、今をときめく脚本家・宮藤官九郎が始まったのは、そんなひとことからだった、という軽さが、何かいいなあ、と。

 

  逆に「俺じゃなくてもいいから断った」というような言い方を聞くと、引く。とても引く。俺じゃなきゃいけない仕事なんかない、と、僕は思っている方なので。

  元ロッキング・オン社、という御威光のおかげで、下手すると「読んでました」とか「文章好きでした」などとチヤホヤされることもたまにあるので(逆もあるが)、「勘違いすんなよ!」という自戒の念もこめて、そのことを忘れないように心がけている。あと、「読んでました」「好きでした」、つまり過去形だってとこをよおく噛み締めろよおまえ! というのもあります。

  とにかく。「俺じゃなきゃいけない」とか「俺じゃなくてもいい」とか言ってセーフなのは、自分の名前で本が出せてそれがガンガン売れて版元が潤うような人だけで、近い業種で言うと、そうね、吉田豪さんとかかな、それくらいの人が言うならセーフ、という話であってですね。

  以前、いつも仕事を振ってくれる某ベテランバンドの担当者に、「あんたがいいっていうんじゃなくて、もうあんたくらいしか残ってないのよね。デビュー当時から聴いていて、ライブも観ていて、このバンドの流れを全部知ってるから、いちいち説明とかしなくていいライターって」と言われたことがある。

  受け取りようによっては失礼な物言いなのかもしれないが、「あ、そういや確かに」と、素直に納得した。で、残っていられてラッキー、と思った。

 

  ただし。「俺じゃなきゃいけない」仕事はなくても、「俺じゃない方がいい」とか「俺じゃダメ」というケースは、歴然とある。

  たとえば僕に、「ザスパ草津群馬の監督にインタビューしてください」という依頼が来たら、「はあ?」となるだろう。サッカー全然知らないのに? しかも、地元広島のサンフレッチェならまだしも、草津? なんで俺に? と。

  そもそもそんな仕事来ねえだろ、と思われるかもしれないが、たまにあるのです。サッカーはさすがにないけど、自分としてはそれと同じくらい「なんで俺に?」というやつ。

  たとえば、アニメの声優とアニメの監督の対談の司会とか。僕はアニメ、全然知らない。沼津に行って「あ、ここ、『ラブライブ!』のご当地なんだ?」と初めて知ったくらい疎い。その声優も監督も知らない。新人ならともかく、どちらもとても人気があるというのにだ。今から猛勉強したって間に合うとは思えない。

  どうでしょう。「俺じゃない方がいい」どころか「俺じゃダメ」でしょ、どうしたって。そう伝えたところ、「はあ、そうなんですか。ちょっとはご存知かと思いました」と言われた。なんでそう思ったんだ。

 

  アイドル関係でも、一度同じことがあった。その時は「ちょっとはご存知かと思いました」みたいなやつじゃなくて、アイドル系ではなくあえてロック系のライターに担当してほしい、という理由だった。

  でも、これもねえ。「アイドルすごく詳しくはないけど普通に知ってる」くらいならまだしも、「おそろしく何も知らない」のに。これも「俺じゃダメ」って話でしょう。ロックもアイドルも詳しくて両方で仕事しているライター、何人もいるじゃないですか。そういう人の方がよくない? もし俺が必死にがんばって、なんとかテキストを形にできたとしても、アイドルって(アニメもだ)熱心なファン、多いじゃないですか。そういう人が読むとばれるでしょ、「こいつ詳しくねえ」って。なので、正直にそう話して、辞退したのだった。

 

  というくらい畑違いなら、まだわかりやすい。困るのは、「普段このあたりのバンドのインタビューよくやってるんだから、このバンドも大丈夫だろ」というのでご依頼いただいたのに「すみません、全然知らないし、ライブ観たこともないんです」というケースもあることだ。これに関しては、もうただただ申し訳ないと言うほかない。

  デビューして2~3年くらいのバンドならまだやりようがあるが、たとえば結成20周年の某バンド、その記念アルバムを機に20年を振り返るインタビューをやってください、という依頼が来た。でも俺はそのバンド、20年間一度もインタビューしたことないし、ライブに行ったこともない、フェスとかで見かけたことすらない、という場合。

  これも明らかに「俺じゃダメ」なケースでしょ。わざわざそんな奴に頼むこたないでしょ。探せば絶対、俺よりはマシなライター、いるでしょ、という話だと思う。

 

  あともうひとつ。それらとは違う理由で「俺じゃない方がよかったのでは?」というパターンもある。文体や記事のフォーマットがかっちり決まっている大手メディアのインタビューとかで起こりうることなんだけど、最終的にすっごいクライアントの手が入って、「これ全然俺が書いたテキストじゃねえじゃん」ってくらい変えられてしまうことがあるのです。

  インタビュー相手が親しい人だったから俺に振ってくれたんだろうけど、そのメディアのフォーマットに揃えるためにここまで直すんなら、俺じゃない方がよかったんじゃない? こんな初めてで右も左もわからない、しかも文章にクセがある、おまけに変にキャリア長いせいでいろいろ凝り固まっちゃってるライターじゃなくて、いつも頼んでいてこのフォーマットに慣れているライターとか、もしくはあなたが最初から自分で書くとかの方が、時間もカネも手間もかからなかったんじゃない? という場合です。

  今後も機会をもらえるなら、そのフォーマットを自分が体得できるように訓練していく、という発想もあるが、そういうケースはまず間違いなく、二度と仕事は来ないのだった。

 

①インタビューやライブレポの日時がぶつかっていて物理的に不可能。

②仕事が集中していてその締切だと無理。

③昔やっていたローソンの深夜バイトに戻りたくなるくらい原稿料が安い。

④自分の信条に反する。たとえば安倍政権を支持するとか、原発に賛成するとか。

 

  という4つ以外は、なるべく仕事を断らないようにしている(④に関してはそんな依頼自体来たことないけど)。ただ、この4つ以外でも、断らざるをえないこともあるのです。「俺じゃなくていいじゃん」じゃなくて、「俺じゃダメじゃん」「俺じゃない方がいいじゃん」という理由で。

  だから「あの程度のライターのくせに断るなんて偉そうだ」と、思わないでくださいね。

  ということをお伝えしたくて書いてみたものの、むしろ「こいつめんどくせえ」と思われるだけであろう、残念な仕上がりになってしまったのだった。