兵庫慎司のブログ

音楽などのライター、兵庫慎司のブログです。

クリープハイプ尾崎世界観のトライアル、“歌い升席”について考える

  2019年10月10日に行われる、新木場スタジオコーストでのクリープハイプのライブに、“歌い升席”が設けられる。

  尾崎世界観が火曜放送のパーソナリティを務めるTBSラジオ『ACTION』の中で、「ライブ中にお客さんが客席で歌うのはありかなしか?」ということが議論のテーマとなり、尾崎が「歌ってもいい席を設けてライブをやるのはどうか」と提案したのがきっかけ。番組発のイベントとしてクリープハイプのライブを行い、そこに「歌い升席」を作るという。

  公式発表によると、「昨今のチケット転売問題への防止策をこのライブイベントに向け本気で考えてみる等、番組を通じて『ライブの新しい形』をリスナーのみなさんと一緒に模索していきます」とのことで、歌う歌わないに限らず、ライブにまつわる問題について考えるきっかけになれば、という意志がうかがえる。

  というか、そもそも尾崎世界観がこの番組でやりたいことのひとつが、それであるようだ。音楽ビジネス、バンド、ライブ等に関する、普段なかなか言う機会がない問題意識を発信できる場として、この番組を機能させたい、という。

 「尾崎の野菜嫌いを直すために自分で栽培してみる」という企画や、「ペタジーニを敬遠した上原の涙について」というトークとか、「黒いマスクについて」なんていう話題と同じように、尾崎、「フェスの公式サイトに上がるライブレポってどうなのかな?と思う」ということについて、しゃべったりしているので。

 

  払ったおカネによってサービスが違う、席が良いだけでなくお土産があったり特別なサービスがあったりする、というのは、すっかりめずらしくなくなった。フェスでは海外だけでなく、国内でもサマーソニックやEDMのフェスなどが取り入れているし、単独公演においても行われている。

  特に、洋楽の大物アーティストの来日公演では、もうそれが普通になっている、と言っていい。たとえば、2019年12月3・4日にさいたまスーパーアリーナで行われるU2の来日公演は、60,000円から15,800円まで、チケットが6種類に分かれている。60,000円の席は「専用入場口、特製チケット、バックステージツアー抽選参加券、開演前飲食優先ご案内」という特典付き。「バックステージツアー抽選参加券」が気になります。「抽選」なのよね? 外れるかもしれないのよね? と思う私は、16,800円のA席を第一希望で申し込んで外れ、15,800円のスタンディング後方になりました。

 

  脱線した。戻します。そのような「金額によって細かく客席を分ける」という興行が、主にドームやアリーナ等の大会場で行われるようになった、とするなら、Zeppスタジオコースト等のオールスタンディングのライブハウスで、まだ一般化はしていないが実験的に行われるようになってきたのが、このクリープハイプの“歌い升席”のように「お客の希望によって客席を(もしくは「エリアを」)分ける)という試みなのかも。と、思ったのでした。

  たとえば、オメでたい頭でなによりのライブには、「デリケートゾーン」と名付けられた、柵や紐などで仕切られたスペースがフロアに設けられている。騒がずにゆっくり観たい方や、オールスタンディングのライブが初めてなので不安な方は、そこで観てください、という。

  Perfumeが大会場でのライブの時に、スタンディングフロアの中に、女性や子供を対象とした専用エリアを設けているのも、同じ理由だろう。オールスタンディングに不慣れな人、モッシュがイヤな人、というだけでなく、そのエリア内なら子供もいられるとか、背の低い女性でも観やすいとか、痴漢の心配がないとか。

 “歌い升席”も、そういうのと同じ……というふうに、話を進めようと思っていたのだが、ここまで書いて気がついた。

  違うわ。そのもうひとつ先の問題だわ、これ。

 

 「デリケートゾーン」や「女性子供エリア」は、映画の「絶叫上映」や「応援上映」と同じだと言える。絶叫したい人は来てね=それ以外の人は来ないでね、暴れたくない人は入ってね=それ以外の人は入らないでね、というふうに、はっきり分かれているので。

  しかし、「“歌い升席”ありライブ」は違う。“歌い升席”の人は思う存分歌っていい、ということは、それ以外の人は思う存分歌っちゃダメ、ということだからだ。

  うわあ。軽い気持ちで書き始めたが、これ、考えれば考えるほど、めんどくさい。それこそ、ロッキング・オンのフェスが、物議を醸しながらそれでも貫いている、「モッシュ・ダイブ等の危険行為をした人は退場」という施策以上に難しいのではないか。

  だって、ロッキング・オンのフェスのそのルールは、「実際にお客さんの身体に障害が残るほどの事故が起きた、二度とこんな事態を起こしてはならないと決めた、だからこうするしかなかった」という、真剣にこの問題に向き合ったがゆえのエクスキューズがあるが、「歌っていいかダメか」という問題には、そんな大義名分、ないし。で、「歌うな、うるさい」という人の希望をかなえることは、「大好きなアーティストと一緒に歌いたい」という人の希望を奪うことなわけだし。

 

  というふうに、とても難しいからこそ、自分の番組で、平場で議論した上で、実際に“歌い升席”を設けてライブを行うことにしたのだと思う、尾崎は。つまり、「みんなの問題」として、考えてもらおうとしたのだと思う。

  知らねえよ、そんな個々の事情に沿ってルールなんか作りたくねえよ、自由じゃなさすぎるじゃん、というふうにケツをまくってもいいのに。と、僕などは無責任に思ったりするが、逆に言うと、そうも言っていられないくらい、尾崎の耳にそういう声が届いているのかもしれない。

  だからといって、「絶叫上映」のように、「全員歌ってOK」あるいは「全員歌っちゃダメ」というライブにすると、相反する希望がぶつかる場所にならない。そうなる場所じゃないと、問題の解決へ向かって何かが進んでいく可能性はない。じゃあ自分たちのライブでやるしかないな、ということなのだと思う。

 

  ちなみに6月25日の放送では、チケットの転売問題についても、ぴあの方を呼んで、じっくり話を訊いていた。

  あと、海外でライブを楽しんでいる人からの、「『おまえは客だから歌うなよ』なんて言ってるのは日本だけ、海外はみんな自由」という投稿も、取り上げられていた。

  それから、「仕事で途中からしか来れない人の席や、遠くから来て途中で帰らなきゃいけない人の席も設けてほしい」という声も届いていた。ここまでくるとさすがに「知らんがな!」と言ってもいいと思ったが、尾崎、「コール&レスポンスとかいいかもしれませんね。『途中で!』『帰ります!』って。途中で帰るのって普通テンション下がるから」と、楽しげに応じていた。

  タフだなあ。頭が下がる思いです。

 

  ちなみに、その翌週の7月2日放送では、「母親のために、50代以上専用席を設けてほしい」というメールも読まれていた。尾崎は肯定的に応じていたけど、「いらんわ!」と思いました、今年51歳としては。

  まあでも、年に180本以上ライブに行く、そのうちのかなりの数がスタンディングである今年51歳は、例外なんだろうな。という自覚もありますが。